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新薬展望

プロスタグランジンI2誘導体製剤「トレプロスト注射液」―持田製薬㈱―

2015年07月22日

肺動脈性肺高血圧症治療の新たな選択肢


トレプロスト注射液(一般名・トレプロスチニル)は肺動脈性肺高血圧症(PAH)の治療剤である。プロスタサイクリン(プロスタグランジンI2)誘導体で,血管拡張作用と血小板凝集抑制作用などによりPAHにおける運動耐容能や血行動態を改善する。投与は持続静脈内投与,持続皮下投与のどちらも可能である。既存の持続静脈内投与製剤の使用が困難な患者や持続静脈内投与の導入に抵抗がある患者にも受け入れられやすいと考えられる。持続皮下投与時の副作用として注射部位の局所反応の発現率が高く,NSAIDs内服,クーリングあるいはヒーティングなどの適切な処置が必要となる。


 肺動脈圧の上昇を認める病態の総称が肺高血圧症である。労作性呼吸困難,息切れ,易疲労感,動悸,胸痛,失神などの症状を呈する。軽度の肺高血圧の段階では症状は現れることは少ないが,治療開始が遅れると右心不全や死に至ることがある。

 肺高血圧症は病因・病態から5種類に分けられる(ニース分類)。肺動脈が病変の主座となっているのがPAHである。肺高血圧症の中で最も頻度が高いが,それでも発症率は100万人に1~2人という希少疾患だ。比較的若い女性に多いのが特徴である。肺動脈圧上昇の機序として,血管中膜平滑筋の肥大による肺動脈血管の収縮・攣縮,血管内膜の増殖による有効肺血管床の減少,肺動脈における微小血栓形成が考えられる。

 PAHの治療薬はこの20年間でそろってきた。作用機序から言うと,プロスタサイクリン系薬,エンドセリン受容体拮抗薬,ホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害薬,可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)刺激薬の4系統である。

 WHO機能分類では,肺高血圧症は身体活動の制限がない「クラスⅠ」から,どんな身体活動もすべて苦痛となる「クラスⅣ」までの4段階になっており,それに基づいて薬剤を選択することがある。

 ただし,PAH治療薬は,単剤投与ではやがて効果が不十分となることや既存の注射剤は中心静脈カテーテルを留置して持続静脈内投与する必要がある。そのため,まず経口剤を使用し,治療効果が十分でない場合に経口剤どうしの併用療法,さらには注射剤を上乗せしていく治療方針が一般的だ。

 PAHは未治療の場合の平均生存期間は約2.8年とされるが,海外ではこうした治療薬の導入で予後が大きく向上していると報告されている。


 トレプロストは,プロスタサイクリンの化学構造を改変した薬剤である。それにより室温下での溶液安定性を高めた。液剤なので調製時の溶解は不要で,静脈内投与では希釈して,皮下投与ではそのまま使用する。また,血中消失半減期は0.8~4.6時間であり、万が一のポンプ不調などによって薬剤の注入が途絶えることがあっても,一定時間の余裕はある。

 こうしたことから,患者に利便性,安心感をもたらすと考えられる。

 作用機序は直接的な血管拡張作用,血小板凝集抑制作用である。近年は,肺動脈血管平滑筋細胞の増殖抑制作用が示され、肺動脈のリモデリングを抑制する可能性も示唆されている。

 トレプロストは,その効果と簡便さから,経口剤から静注剤エポプロステノールへの移行を考慮している患者,中心静脈カテーテル留置に抵抗がある患者などに,当該患者のPAH治療で初めての注射剤として位置付けることが考えられる。

 一方,すでにエポプロステノールを使用している患者でも,トレプロストに切り替えることで有効性を維持しつつ様々な利便性を享受できると期待される。


 海外第Ⅲ相試験はPAH患者469例(2試験併合解析)を対象に行われた。無作為に2群に分け,トレプロスト持続皮下投与群またはプラセボ群とし,12週間投与した。

 主要評価項目の6分間歩行距離は,トレプロスト群が開始時から10メートル(中央値)延長したのに対して,プラセボ群は0メートルで,実薬群が有意に改善していた。平均肺動脈圧や平均右心房圧といった血行動態パラメーターについても改善が見られた。

 トレプロスト群の主な副作用は,注射部位疼痛(85%),注射部位反応(83%),頭痛(23%),下痢(22%),注射部位出血/挫傷(21%),悪心(19%),顎痛(13%),発疹(11%)などだった。

 静脈内投与時の海外臨床試験(30例)における主な副作用は,頭痛(37%),四肢痛(33%),嘔吐(30%),顎痛(27%),下痢(20%),悪心(20%),排便回数増加(10%),疼痛(10%)などだった。

 持続皮下投与時の局所の疼痛対策は投与継続に際して極めて重要となる。穿刺部位のクーリングあるいはヒーティング,NSAIDs,ステロイド外用剤,抗ヒスタミン剤などで対処する。前もってドライカテーテルを使用して針に慣れることも有用と見られる。

 持続静脈内投与では敗血症などの重篤な感染症に注意する必要がある。


▷効能・効果
肺動脈性肺高血圧症(WHO機能分類クラスⅡ,Ⅲ及びⅣ)
▷用法・用量
通常,成人にはトレプロスチニルとして1.25ng/kg/分の投与速度で持続静脈内投与又は持続皮下投与を開始する(後略)。
▷薬価
・20mg1瓶  186,277円
・50mg1瓶  339,537円
・100mg1瓶 534,711円
・200mg1瓶 842,076円

(佐賀 健)

MEDICAMENT NEWS 第2201号 7月15日