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ISBN 978-4-89801--
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老年科医のひとりごと 第72回

選択

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

 入院中の84歳のS子さんに看護師が訊いた.「今日はどっちの夕食にする?」入院患者は洋食か和食か,食事を選ぶことができるようになっている.
 Sさんは答えた.
 「どっちでもええよ.あんたらがいいと思うようにしてくれればええで」
 Sさんは選ばない.彼女は選ぶという局面はできるだけ避けるようにして生きてきた.選ぶという作業はエネルギーが要るものであり苦痛が伴うことを知っている.だから選択するという作業は能力に余力がないと億劫になるのだ.
 「どうしても選ばなければならない」という局面に遭遇することは人生においてそう多くはなかったが,そのたびに辛かった.彼女には人生の節目で「苦労して選んでは後悔してきた」経験がある.
 「選んでよかったのかしら?」と後になって思うことが多かった.
 彼女の最初の試練の機会は結婚であった.
 一応「選択」して結婚したつもりだった.月日が経って,孫に「おばあちゃんはどうしておじいちゃんと結婚したの?」と訊かれたときに「落とし穴に落とされたようなものだった」と答えた.落とし穴を選んでしまったのだった.
 あのとき以来彼女は選ぶことに恐怖を覚えるようになった.
 結婚してからの人生の街道ではなるべく選択権を行使しないように生きてきた.
 何ごとも亭主の意のままに過ごしてきた.
 唯一選ぶのはお買い物であった.しかし買い物中はいつも亭主のご機嫌が悪かった.
 だから孫に「おばあちゃんは人生の中で何時が一番幸せだった?」と訊かれると「あの人が死んでから」と答えるのだ.
 今の世の中は死に方を迫ってくる.選択の図(W270)どっちにするか早くから決めておけという.
 「どういう死に方をしたい?」と看護師に訊かれた.「どういう死に方って??」,「死ぬ間際になって人工呼吸器を付けるか付けないか,今のうちに決めといた方がいいよ」
 彼女は答えた.「どっちでもいいよ,付けたきゃ付けりゃいいし,付けたくなきゃ付けんでもいいし,あんたらの好きなようにしてくれりゃーええで」

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