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ISBN 978-4-89801--
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老年科医のひとりごと 第69回

血管迷走神経反射

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

 残暑の厳しい夏の終わりだった.大学の構内にある体育館には道順を示す赤い札が置かれて,大型な扇風機が音を立てて回っていた.
 受付前には感染除けのビニールシートが立てられていた.感染予防のために窓が開け放たれているので外部から熱風が体育館全体を襲っていた.新型コロナ感染症の集団予防接種が行われていたのだ.会場は重々しい雰囲気に包まれていた.湿度が高いのでじっと座っていても脇の下に汗が溜まった.接種を受ける学生は受付を済ませると,体育館の中を幾重にも赤い柵で囲われた通路を辿る.問診を経て注射を終えると体育館の広間に出て椅子に腰掛けて時間を過ごす.
 私は問診の医者だった.体育館を見回すと臨時職員が注射後の女子大生に「大丈夫ですか?」と声をかけて回っていた.落ち着いていた女子大生は声をかけられたことで不安になった.「大丈夫でないってこともあるのかしら?」
 見回り役が3回回って「大丈夫ですか??」としつこく問うたのをきっかけにして,女子大生が背もたれに頭をぶつけるようにして後ろへのけぞった.それを見ていたその後ろにいた女子大生も倒れた.その後ろもまたその後ろも総勢4名が迷走神経反射で倒れてしまった.ワクチン接種による血管迷走神経反射は女子大生の間で伝染するのであった.媒介したのは職員であった.
 50 m先の私の向かいに座っていた若くて綺麗な受付の事務職員が私に向かって手を振っていた.右手に青色のハンカチを持っていた.私も思わず手を振って答えた.長く手を振り合っていたが,血管迷走神経反射(W280)私は疲れてやめてしまった.それでも相手はかまわず前後左右に身体を動かして執拗に手を振り続けた.右手が疲れたとみえて左手にハンカチを持ち替えて振り続けた.
 私は自分の人気の高さに途方に暮れた.
 私のそばを通りかかった事務員に尋ねると,女子職員は私に手を振っているのではなく,ビニールの遮蔽を雑巾で掃除をしているということだった.透明のビニールの向こう側で曇り除けと感染予防のために雑巾がけをしていたのであった.

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