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ISBN 978-4-89801--
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老年科医のひとりごと 第64回

真夏の炬燵

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

 学生の頃,4畳半の下宿に住んでいた.部屋には季節とは無関係に炬燵と扇風機があった.真冬に扇風機の,真夏に炬燵のコードをコンセントに間違って入れることがよくあった.
 63歳の山下さんは,丸い腹の周りにスマホやタブレットをぶら下げて歩いていた.YouTubeやFacebookなどのSNSで武装した情報戦士の趣があった.
 2型糖尿病であったが,5年ほど前にインスリンを導入して自己注射をしていた.
 職業は不動産業であると言ったり電気屋をやっていると言ったりしていたが,定かではなかった.Facebookには女子大生の写真がいくつかあって私に自慢して見せてきた.
 笑顔の絶えない熱い人だった.彼が来ると診察室は真夏に電気ストーブのスイッチを入れたような雰囲気になった.
 深刻な話題をYouTubeから拾ってきて私に教えてくれた.最近では新型コロナに関する話題が多かった.いつも一方的で私の話に耳を貸すことはなかった.
 糖尿病治療に関わる情報を収集すると即座に自分の治療に取り入れた.自分で治療の方針を考えて私に協力を求めた.
 私は彼の一方的な態度に腹が立ち,いつもけんか腰だった.「私は責任をもてないので勝手にしてくれ」と脅しても,表面上で取り繕うだけで実際は従うことはなかった.
「先生は心配しなくてもいいですよ.私はこの通り元気でやってますから」と私の心配をよそに楽天的であった.責任を私に転嫁することはなかった.
 彼は昨年の年末には音楽療法を取り入れた.睡眠中に音楽を流すことにより血糖値が下がったそthumbnail_真夏の炬燵(W280)うで,私の必死の懇願を無視してインスリンの自己注射をやめてしまった.
 家族がそんな振る舞いを許すはずがないと思うから,私は彼が独身だと思っていた.彼が持参した食事療法の写真にも家族の気配はなかった.しかし,先週「死んだ」と電話してきたのは奥さんだった.
 私の心は急に寒くなった.真冬に扇風機が回った様な気がした.

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