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ISBN 978-4-89801--
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老年科医のひとりごと 第60回

ノックアウト

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

 コロナ騒動の中で久しぶりに講演を行った.30分おきの換気のための休憩を挟み2時間の予定であった.演台の前に透明のビニールシートが垂れ下がっており,聴衆から見れば私は屏風の奥にいる卑弥呼のように見えたに違いない.
 左端の最前部に意地の悪そうな女性が座っていた.演者の位置から眺めるとその女性だけがシートから外れた視野になっていた.一目見たときから不吉な予感がしたが,その女性は外見通りに意地悪であった.
 私が気持ちよくしゃべっていると「ほんとう?」とつぶやく.タイミングが絶妙であった.私の自信がない箇所でさげすんだように「ホント!」と言う.
 度重なる「ホントウーー??」の声にどうやらこの人は本当に私の言うことが「本当か??」と思っているのではないかと思えてきた.
 私もホントかどうかわからなくなった.私は次第に自信を失っていった.
 主催者から指定された演題は「高齢者の人権問題」についてであった.私の知っている著名人にどのような演題であっても毎回同じスライドを使い,同じ内容の講演を繰り返して20年過ごしている人がいるが,私も同類である.今回もいつものスライドに人権に関する話題を混在させることにより主催者を幻惑させようとした.
 そのたくらみを見抜かれてしまったようだった.節目,節目で「本当!??」とつぶやかれると私はボディーブロー受けてふらふらになったボクサーになった.
 最後の章になったときに女性が甲高い声を上げた.「センセイ!!今どこをしゃべっているノックアウト(W280)の!??」聴衆に配っておいた資料のどの部分をしゃべっているかわからんというのである.私自身どこの部分をしゃべっているのかわからなくなっていた.意識朦朧のまま時間切れを迎えた.私は未練がましく講演を続けようとした.このままで終わっては後味が悪すぎると思ったからだ.
 しかし司会者が「はいそれでは先生のお話はこれまでにしましょう」と強引に幕引きをしようとした.
 ノックアウトされたボクサーが必死で立ち直ろうとするのをレフェリーが中止させようとするのに似ていた.意気消沈している私を置き去りにして聴衆は無言で去って行った.気がつくと意地悪の女性の姿はどこにもなかった.

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