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ISBN 978-4-89801--
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老年科医のひとりごと 第59回

鍵のない家
ー共助の新しいかたち?ー

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

 首相の菅さんが「目指す社会は自助,共助,公助」だとして「そうしたことが大事だ」と言っている.
 沢木さんは73歳である.若い頃から統合失調症で福祉の世話になってきた.最近では認知症も加わって,異常行動が目立つようになった.兄が面倒をみているが,一緒に住んではいない.ホームヘルパーの援助を受けて一人暮らしをしている.
 お金を持たせると近所のコンビニへ行ってお菓子を買ってきてしまう.転倒はしょっちゅうでそのたびに近所の誰かが助けてくれる.
 兄は「困ったら誰かが助けてくれる」から今の環境でいいと言っている.
 以下は私と沢木さんとの外来でのやりとりである.
 ―何時に起きるの?「8時ごろ」
 ―自分で目が覚めるの?「寝ているとヘルパーが起こしてくれる」
 ―寝ているときにヘルパーが来るの?「そうだよ」
 ―ヘルパーも家の鍵を持っているのかな?「持っていない」
 ―ヘルパーはどうやって家に入るの?
付き添っていた兄が言った.「家に鍵をかけていないんですよ」
 共助の場がとみに痩せ細っている現代に一石を投ずるアイデアである.
 私は昔の信州の田舎を思い出した.あの頃は家に鍵をかけるという習慣がなかった.玄関から入って座敷を横切って台所の傍の居間の戸を開けて「コンチワ」と言って隣のおばさんが入ってきた.隣人の家のことは何でも知っていた.人々は農閑期には座敷に寄り集まって噂話をしていた.鍵のない家(W280)風呂は回り持ちで1週間に1回程度当番の家の風呂に入っていた.他人の家に裸の大人がうろうろしていたものだ.
 こういうことが,首相の言う「そうしたこと」かと一瞬思った.
 家の鍵をなくしたら理想的な地域包括ケアの街がうまれるか?
 しかし泥棒がいなかった訳ではない.スイカや米を盗む泥棒があふれていた.家の中には金目の物は何もないことを誰でも知っていただけだった.
 「やっぱり無理な話だわな」と私は思い直した.

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