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ISBN 978-4-89801--
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老年科医のひとりごと 第41回

大學病院の桜

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

 4月の初めに大學病院の歯科を受診した.
 病院に隣接している公園では桜が満開であった.
 1階のエントランスを入ると広い待合室がある.診察を終えた患者たちが精算のために長い列を作っていた.初診患者の受付の前には初めての病院で戸惑っている患者や不安な表情をして付き添っている家族がいた.広い空間には耳鳴りのような騒がしさが大きくなったり小さくなったりしていた.時折マイクから聞こえてくる甲高い声以外の言葉は判別不可能な雑音であった.
 自動の機械に診療券を差し込んで受付を済ますと,隣で保険証をチェックするデスクがあった.私の前に2人の患者が順番を待っていた.
 受付の女性の声に反応した80歳代と思われる女性の声がした.患者との間に何かのトラブルが生じたようだった.渦のような気配が漂った.
 高齢女性の患者は受付の事務員に言われていることが理解できない様子であった.初めての患者にこの広大な病院の仕組みを説明するのは困難なことだ.患者に難渋してると思った私は事務の女性に同情した.
 患者はうろたえていた.言われていることの意味が理解できていないようであった.人の思考の影は背後からでもわかるものだ.
 私は2人に注目して観察してみると,すぐに状況がわかった.
名大病院の桜(W220) 「桜が付いていますね」と受付嬢が言ったのだが,高齢の女性は何を意味するかわからずに戸惑っていたのだった.事務の女性が椅子から立ち上がって患者の頭に触った.そして髪の毛に付いていた一片の桜の花びらを丁寧につまんで見せて,「桜の下を歩いてきたのですね」と言った.
 地下鉄を降りて公園の桜の下を歩いてきたので髪の毛に桜吹雪が舞ったのだった.彼女の髪に桜の花びらが一片,付いていたのだ.
 高齢の女性は安堵して,満面の笑みを浮かべた.辺りに一瞬の幸福感が漂った.私も嬉しくなった.

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