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老年科医のひとりごと 第67回

サングラス

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

 私は神経質そうな怖い面相をしている.私を見た赤ん坊は必ず大声を上げて泣くのが常であった.
 長男が小学生だったころ,忘れた弁当を学校へ届けたことがあった.帰宅した長男によると「お前の親はヤクザか?」と友達に言われたそうだ.
 最近,往年の怖さがなくなって世間では私をただの老人としかみていないらしい事件が続いた.    
 車のドアが隣の車に触れたとやくざ風の男にいちゃもんをつけられて1万円取られた.中年女性に些細な事故だったのに重大事故並みの保険金を請求された.
 私の患者のAさんに話すと「なめられたんですよ.車に乗るときはサングラスをかけるといいですよ」というありがたい助言を受けた. 
 行きつけのスーパーの2階に眼鏡屋がある.店のお兄ちゃんに「怖そうなサングラスを頼む」というと黒のサングラスを勧めてくれた.「細い方が怖そうにみえますよ」というので細長のやつを作った.鏡を覗いてみると身震いするほどの他人になった.
 スーパーですれ違う人は怖がるだろうと思ったから,車に乗っているときだけかけるようにしていた.
 その日は,交換するのを忘れてサングラスをしたままクリーニング屋へ行った.
 途中で「やけに今日は暗い日だな」と思って気がついたが,面倒くさかったし,それにクリーニング屋のおばさんの反応を試してみようと思ったのでそのままクリーニング屋へ行った.
 おばさんは私を一瞥すると黙って衣類を数え始めた.平時とは異なる気配がカウンターの周辺に漂った.私もいつもの冗談を控えて無口で通した.W270
 無言のまま時間が経った.奥から洗濯済みの衣類を持って来ても私をまともに見ようともせずに黙っていた.明らかに怯えているように見えた.私には確かにそう見えた.
 私はサングラスを外して「怖かったでしょう!?」と言ってみようかと思った.しかし私がサングラスを外す前に何気なく言った彼女の一言が私をひどく落胆させた.
 彼女は私に「目を悪くしたの?」と言ったのだった.

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