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老年科医のひとりごと 第56回

見つめ合えば愛が生まれるか?

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

 私は「見つめ合う」ことは「愛し合う」ことにつながるか,もしくは「そうありたい」ことを願う行為であると思春期の頃から思っていた.

 女の子の目をじっと見つめて,心の中を見透かされるのは恥ずかしい.

 おばあさんの目をじっと見つめて,愛の証の表現と思われても困る.

 そういう訳で今までは相手の目を直視するのは無意識のうちに避けていた.

 最近コロナのおかげでオンライン会議が増えてきた.

 会議の会場で向き合って座っているときに参加者の顔をじっと見つめることはないが,オンライン会議では個人の顔がパソコンの画面に映し出される.

 それぞれの表情で画面を見ている.その顔をこちらからまじまじと見つめても相手にはわからない.舐めるように見回しても相手に気づかれることはない.

 取調室で尋問されている犯人を隣の部屋から見ているようなものだ.

 西行が伊勢神宮に参拝したおりに詠んだという「何事のおわしますをば知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」という雰囲気はオンライン会議ではわからない.

 全体は各論の足し算ではないからだ.

 もう1つ,人の顔の見方が変ったことがある.

 マスクである.コロナ騒ぎによって日本人全員がマスクをするようになった.

 マスクをしている人の表情は目を見るほかにうかがい知るすべがない.

 だから人々はマスクをつけた人の目を凝視するようになった.相手の目を見るときは相手もこちらを見つめ合えば、、、(W300)見ている.見つめ合ってもなぜか恥ずかしくない.どうしてか?

 私が思うに,「あなたの顔はマスクで隠れているので目を見るしかしょうがないのです」という言い訳があるからである.

 コロナ騒ぎの中で人々は「見つめ合っても愛は生まれない」ということを知った.

 そしてマスク越しでは「人間のかたじけなさはわからない」ことも学んだのである.

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