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ISBN 978-4-89801--
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老年科医のひとりごと 第52回

延命処置拒否宣言について

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

 オバマ政権の医療保険制度改革を主導した医師で医療倫理学者のエゼキエル・エマニュエルが5年前に発表したエッセイは,大きな反響を呼んだそうである.
 彼は75歳を過ぎたら,どのような延命処置も受けないと宣言したのである.大きな医療介入だけでなく,抗生物質や予防接種さえも拒否すると宣言している.
 世界中にコロナが蔓延している現代において,極めて今日的な課題である.
 彼の主張は「勝手にしなさいよ」と言っておけばよさそうであるが,そういう訳にもいかない.人類の歴史は「それぞれの文明は規範となる老人像をもっており,老人はその尺度に合わせて評価されてきた」からである.現代のようなコロナに脅かされている脆弱な社会環境においては,エイジズムを扇動する格好のきっかけになりかねないからである.
 オバマ政権の中枢にいたアメリカを代表する倫理学者にこのような発言を許すアメリカ社会の衰退は目を覆うばかりだ.
 『老いの歴史』を著したジョルジュ・ミノワは「老人を巡る環境に関する歴史の進行性は双曲線を描くものでも放物線を描くものでもなく,人間の頭脳が思いつくどんな方程式にも当てはまらない気まぐれな唐草模様である」と述べているが,ロバート・バトラーにより提起されたエイジズムはアメリカ文明の進歩につれて克服されるべく課題としての放物線の軌道には乗っていなかったようだ.
 エマニュエルは様々な理由で75歳以上の延命は意味がないと述べているが,私が気にかかる一節は延命拒否宣言(W300)「自分たちがいずれ死んでしまっても,世界は問題なく存在し続けるという考えを,彼らは直視したくないのでしょう」といって長生きを希望する老人を批判していることである.
 彼が言うように私がいなくなってもこの世の中は変わりはしない.しかし未来に向けて生きるのが人間である.彼は75歳以前の生も無意味であるといっているのである.
 それは人間への冒涜である.

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