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老年科医のひとりごと 第47回

母ちゃんと息子

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

 1990年代の終わりの頃,日本は来るべき超高齢社会の影に怯えていた.
 必ずやってくる超高齢社会行きの超特急に乗る前に社会的な整備が必要であった.
 高齢者差別とか高齢者虐待などという高齢者がないがしろにされるようなことがない社会の構築に迫られていた.
 まずは長男の嫁の介護からの解放が喫緊の課題であった.長男の嫁を家から解放して社会全体で高齢者の介護を担うという理想を掲げて介護保険制度が始まったのは2001年のことであった.
 予測通り日本はしわしわの国になった.長男の嫁の家からの解放もそれなりの道筋はみえてきた.
 想定外だったのは結婚をしない長男が増えてきたことだ.
 最近,クリニックの外来へ息子の付き添いがついてくることが多くなってきた.
 86歳のYさんは1人で暮らしてきたが,糖尿病が悪化して認知症がひどくなったので独身の52歳の息子に頼らざるを得なくなった.
 息子が付き添って外来へ来たが,息子にとって病院へ来るのは初めての経験であったのだろう.終始無言で不機嫌であった.外来での場違いな感じが終始つきまとい不愉快な顔で母親を睨みつけていた.
 84歳のKさんに付き添ってきた54歳の息子も独身であった.
 糖尿病で目が見えなくなってしまうことが心配だと必死に医者に訴えかける母親を怒鳴りつけた.「そんなことを言ってもしょうがねーだろ!先生は母ちゃんと息子(W285)忙しいんだよ!!」Kさんは息子に叱られてばかりいるといって泣き出しそうになった.
 人生で悲しいときにはいつも「カーチャン」に泣きついていた息子が母ちゃんを怒鳴ってばかりいるようになってしまったようだ.
 80歳を過ぎて息子に介護される母親は気の毒だが,医者の前で母ちゃんを怒鳴らなきゃならない50歳代の息子も可哀想である.
 最近,こういうやりきれない場面が多くなってきた.

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