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老年科医のひとりごと 第31回

2人の世界

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

 「俺を殺す気かって言われてね」と左側の女性が言った.「あの頃の教習所の先生は怖かったね」と,右側の女性が答えた.
 そこは高齢者が運転免許証を更新する際に認知症検査をする試験場にもなっている教習所だった.認知症検査を受けるために老人が集まっていた.私もその中の1人として待合室で試験の開始を待っていた.
 私の前には机があり,向こう側に2人の女性がいた.旧知の仲のような親し気であったが,その日が初対面であったようだ.
 私は2人のお話を盗み聞きしていた.左は75歳で右側に座っている女性は77歳である.自動車免許を取ったときの話題で弾んでいた.
 「20歳の時取ったのよ」,「私は22歳.教官に腹が立って車を降りて家へ帰ってやろうかと思ったわ」.
 20歳と22歳で免許を取って,75歳と77歳になって認知症検査を受けようとしていた.
 若いころには年寄りになってからの年の差なんて無意味になるだろうと思っていた.しかしこの頃は,趣が違ってきた.一段ずつ階段を上るように年を確かめなければならなくなった.年金の受給開始は65歳だ.75歳になれば全員が後期高齢者医療制度に組み込まれる.
 自動車事故の報道には日本人全員が年齢を知りたがる.「高齢者の自動車事故っていうと,私はいつも自分が悪いことしたような気になるわ」.
 政府は運転免許証の更新に年齢の壁を設けた.70歳になると高齢者のための講習を受けなければな二人の会話W250(トリミング済)らない.75歳以上での免許証には認知症検査が課されるようになった.
 2人は3年後にまた認知症検査を受けなければならない.「そのとき私は80歳だわ」と77歳が言った.「私は78歳」と75歳.「あんたの方が2年も早いね」と今の77歳が気の毒そうに言った.75歳は2年も損をしたような気分になった.
 彼女たちは2人の今の年齢がわからなくなってしまったようだった.そして77歳が「何でも早い方がいいよ」と慰めていた.
 日本は世界で前例のない年齢差別の国になってきた.

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