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老年科医のひとりごと 第12回

ふるさと

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

 83歳のSさんは山形の出身である.望郷の想いが募り実家へ帰った.久しぶりに帰郷して名古屋へ戻ってきた.
 「私は6人兄弟の長男でね,弟が実家を継いでくれていたんだけど死んでしまって,今はその嫁さんが実家に居るだけ.何しに来たの?と言われたよ」


 生まれて育った土地のことを古里とか故郷と呼ぶ.私たちは「ふるさと」を思うと不思議な懐かしさが心の中に湧いてくる.
 私も信州の田舎の長男である.
 「ふるさと」には古くから伝わる伝統があった.失ってしまうと永遠に帰ってこない風習があった.
 村では,どこの家にもお爺さんとお婆さんがおり,孫たちは柿の木の下で雀のように群れて遊んでいた.
 われわれ田舎の長男は家を継ぐべく田舎に留まるか,たとえ若い頃は都会に出てもいずれは実家へ帰るものだと教えられて育った.
 その故郷を振り切って都会に出てきた.そして未だ帰還できずにご無沙汰している.
 老いていく両親を置き去りにせざるを得なかったわが心の寂寞を思い出す.
 私は医師ですから医学は日々目覚ましい勢いで進歩していることを目の前でみることができた.
 しかしその恩恵を母親に届けることはできなかった.ふるさと(W285)
 都会の医師など頼りにならないことを田舎の人たちは知ってしまった.田舎の期待に応じることができなかったことが「ふるさと」という言葉の中に悔恨が潜んでいる原因の1つである.
 母は私がいずれは帰ってくるものと思い定めていたが,願いも空しく亡くなった.
 そして今,故郷に帰ってみれば,そこにはかつて秋の青空に飛んでいた赤とんぼも夏の暗闇に光る蛍の光もない.
 縁側に座っていたお婆さんもいない.
 「ふるさと」は母親の中にある.母親を失ったときに「ふるさと」を失うのである.
 だから「ふるさと」には悲しみが潜んでいるのである.

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