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ISBN 978-4-89801--
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ニュース記事から

Interview オピニオンを聞く 鎌田 實 氏

Geriatric Medicine Vol.55 No.4 2017-4
 
第11回 地域包括ケア再考
    

人々の幸せに着目することで鎌田先生の図(W250)
見えてくる地域包括ケアのかたち
~健康づくり,死の看取り,在宅医療・ケアを3つの柱に~

 「健康づくり運動」を実践して長野県を長寿日本一にし,30年以上も前から「地域包括ケア」を掲げ,現在の地域包括ケアのモデルの1つを作った諏訪中央病院の鎌田實名誉院長.今回は同院を訪れ,2025年問題や多死時代が目前に迫る日本の困難な情況に対して,地域包括ケアは何を目指せばよいのか,その方向性について,あらためて鎌田氏にうかがった.地域包括ケアは,在宅医療・ケアの体制づくりだけでなく,健康づくりや死の看取りにも目を向けるべきであり,かつ多くの世代が参加する魅力ある街づくりを構想すべきであることが強調された.

地域包括ケアの原点は“幸せに生きること”
~「健康づくり運動」の軌跡~

──鎌田先生が考える地域包括ケアとは?

 超高齢社会となった日本では,2025年に団塊の世代が後期高齢者となり,介護難民が43万人,介護の担い手の人材不足は10万人とも50万人とも予想され,大変なことが起こると考えられています.ところが国にはお金がありません.特別養護老人ホーム(特養)のような施設をたくさん建設することは難しいので,要介護となる人たちを施設から在宅医療に移行したい,地域包括ケアを全国に推進していきたいというのが国の考え方だと思います.

 もちろんお金がないという理由だけではなくて,施設を造っても2025年から15年経った2040年になれば,今度は高齢者がどんどん減っていきます.するとせっかく造った施設がガラガラになることが目に見えている.国庫や人口動態のことを考えれば,建物ではなく,社会や医療の仕組みを変えることで解決していきたいという国の方針もわからないではありません.

 僕は30年ほど前から「地域包括ケア」という言葉を使って医療を展開してきました.でも地域包括ケアを始めようと思ったのは,医療費が安く済むからではない.では何を考えていたのかというと,地域の人たちがそっちの方が幸せになれるんじゃないかと思った,つまり幸せに着目したわけです.何を幸せと感じるかは人によって違います.在宅医療がいつも幸せに溢れているかというと必ずしもそうではなくて,施設や病院も必要だし,柔軟に考える必要があります.僕たちは,「地域にいたい,家で生活していきたいと考える人たちが安心して暮らせるようなシステム」として地域包括ケアをずっと考えてきました.

 人が安心して,幸せに暮らせるためにまず何が必要かというと,それは「健康づくり」です.地域包括ケアの大切な3本柱のうち,最初の1つは健康づくりになります.そもそもこの地域に僕は43年前に来たわけですが,まず住民の人たちと信頼関係を作りたいと思いました.いろいろと話をしたら,やはり皆さん,健康で長生きをしたいと言うんですね.そこで年に80回,地域に出て行き,「健康づくり運動」を始めました.

 最初にやったのが減塩運動です.そして野菜の摂取量を多くしようと訴えた.今では長野県は野菜の摂取量が男女とも日本一です(平成24年国民健康・栄養調査結果).次に魚に多く含まれているオメガ3脂肪酸が体にいいことを知ったのですが,長野県には海がないし,43年前は今ほど交通手段も冷凍技術も発達していなかった.ほかの食材で探してみると,荏胡麻や胡桃にオメガ3脂肪酸が多く含まれることがわかりました.そこで,地域の人たちに血液がサラサラになるからといって,荏胡麻の栽培や胡桃を使った料理を広めようと働きかけました.あと,食物繊維と発酵食品が腸内細菌叢にいいということで,長野県には木曽の「すんき漬け」という乳酸菌で漬けたお新香があって,こういうものが体にいいし,地域の食文化も大切にできると啓発活動を続けてきました.当時の保健学・栄養学などの最新知見を学んで,すぐ実践に移していったのです(図1,2).

図1の図(W330)

図2の図(W330)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

健康長寿の秘訣は“生きがい”
~平均寿命日本一となった長野県~        

──健康づくり運動の効果は出ましたか.

 こうした活動を続けた結果,1990(平成2)年に長野県の男性の平均寿命が日本一になり,同時に医療費も激減していきました.
 この頃,国民健康保険中央会が研究班を作って調査に入り,何が長野県の平均寿命を延ばしたのかを分析してくれました(文献1).報告ではその理由として40項目ほどが挙げられていて,坂道が多いので足腰が強くなって寝たきりになる人が少ないとか,離婚率が低い,持ち家比率が高い,もちろん野菜摂取量が日本一も入っていました.そしてこれらの理由を精査し,統計学の専門家にも加わってもらって解析したところ,最も影響を与えた要因は“生きがい”ではないかという結論が出たのです.

 長野県は高齢者の就業率が日本一で,75歳や80歳になっても段々畑のような狭い土地で小さな作物を作って,自営で売って,少しばかりですがお小遣いもできる.都会で定年になった人が時間があると不安になって病院に行くところを,長野県の高齢者は働き続けていることで,生きがいができ,自分が存在する意味が見えてくる.そのことが健康長寿につながっているのだと明らかにされました.

科学的根拠を示すことで普及する地域包括ケア
~研究者と臨床家は車の両輪~

――「健康づくり運動」の正しさも立証されたわけですね.

 “生きがい”が長寿のための一番の要因だということが科学的な論文としてまとめられたおかげで,「健康づくり運動」の新たな方向性も見えてきました.臨床家である僕たちは時間がなくてなかなか論文を書くことができません.保健学や老年医学の研究者の皆さんにきちんとした論文を書いてもらっていることで,長野県に続いて,例えば青森県や岩手県などではどう対策をしていけばいいのかという議論につながっていきます.

 研究者と臨床家は車の両輪となることで,日本の地域包括ケアのかたちができあがってきます.放っておくと地域包括ケアは感覚的なものになり,若い人材がそこに参入する機会を狭めてしまいます.ですから地域包括ケアの運動の中で,これからも科学的根拠をぜひ示してもらいたいですね.老年医学の研究者の皆さんに期待しています.         

地域で死を看取ること,死について学ぶこと
~地域包括ケアで大切なのは,自己決定できる環境と誰かのために生きること~

──地域包括ケアの2つめの柱について.

 僕が考える地域包括ケアの第1の柱は「健康づくり」でしたが,第2の柱は「地域で死を看取る」ことです.確かに僕たちは「健康づくり運動」を実践し,成果を上げてきましたが,どんなに健康づくりが成功しても,結局人間はいつか死にます.その死から目を離さないこと,これが大切です.

 先ほど2025年問題では,介護難民の話をしましたが,もう1つの問題は「多死時代」がやってくることです.その多死時代にどうやって死を看取っていくのか.これまでの医療は病気を治す,人を生かすという視点で研究がなされてきたけれど,2025年までに,地域で安らかに,あたたかく,最後までその人らしく死を看取れるような,そんな体制を地域の中でどうやって作っていくかが問題になります.

 茅野市は人口5万5千人の町ですが,在宅医療・ケアで死を看取ることが多くなってきました.それに僕は今日の午前中,緩和ケア病棟の回診をしてきましたが,そこでは皆さんニコニコしているんです.笑いが溢れている.信じられないでしょう?

 僕らの頃の大学の医学教育は,死をタブーのようにして触れませんでした.だから多くの医師が死から目を離してきた.そこで僕たちは,地域の人たちと一緒に長く続けている「ほろよい勉強会」で1年に1回必ず,「死を学ぶ」というテーマで議論をしてきました.

 僕は守り続けたいと思っていることが2つあって,1つは「自分で自分のいのちを決めること」,2つめは「誰かのために生きること」です.自分の死を自己決定して,「自分のいのちを決める」ためには,その人が生きる場所が重要になります.施設であったり,自宅であったり,病院であったりと多様な選択肢の中から選べるようにしたいものです.

 地域包括ケアの3つめの柱は「在宅医療・ケア」で,現状ではこの在宅医療や在宅ケアの体制整備に国や地方自治体は一番力を入れていると思いますが,この在宅医療・ケアは,自己決定してもらうための選択肢の1つに過ぎないことを覚えておいてほしいですね.

 「誰かのために生きること」を大切にしたいのは,もちろん医療者は終末期を迎えている患者さんのために生きているわけですが,病気をもっている患者さんも誰かのために何かをすることで,生きる元気が出てくる場面を僕らはしばしば目にしているからです.

患者さんの家でお風呂に入った理由
~「誰かのために生きる」喜び~

──それは例えばどのようなケースですか.

 最近経験したことを話します.東京在住の男性で,前立腺がんで多臓器転移し,骨髄にも転移したため,輸血をしないと生きていけない状態になったのですが,病院ではやることがなくなった.この方は以前に僕の書いた本を読んでくれていて,茅野市の蓼科高原に山荘をもっていたので,死ぬなら諏訪中央病院のあるところで死にたいということで来院されました.

 まず緩和ケア病棟に1泊入院してもらい,在宅療養ができる準備をしました.翌日山荘に帰られて,1日目に訪問看護と訪問リハビリが入りました.僕は2日目にうかがったのですが,1日目に訪問した理学療法士(PT)が,その男性に「あなたの夢は何ですか?」と聞いたそうです.男性は「死はもう覚悟している.夢があるとしたら,この山荘には温泉があるけれど,温泉に入れたらもうそれでいいな」と答えた.患者さんは山荘の2階に寝ていて,東京の病院にいる間に歩けなくなっていました.温泉は地下に作ってあるんですね.そこでPTが「わかりました.私が毎日通って訓練して歩けるようにしましょう.でもあなたの夢がこの温泉に入ることだったら,今日私が背負っていきますから夢を達成しましょう」といって,患者さんと地下の温泉まで行き,お風呂に入りました.その男性はとても喜んでくれたそうです.

 その翌日に僕たちが訪問診療に行って,「僕たちはあなたのために何をしたらいいでしょうか?」とまた同じ質問をしてしまった.男性は同じことを聞かれて「昨日,私は夢を達成しちゃったんですよ」と嬉しそうに話すのですね.大きな商社で世界を股にかけて活躍された方でしたが,笑いながら「もう夢は達成しましたが,あと夢の残りがあるとしたら,忙しい鎌田先生がわざわざこんな山の中まで来てくれたのだから,家の自慢の風呂に入ってもらえませんか」と言われました.

 このとき僕は,「僕がお風呂に入ることがこの人にとっての喜びになるんじゃないか」と思ったのです.43年間ずっと訪問診療を続けてきましたが,患者さんの家に行ってお風呂に入ったことは一度もありませんでしたが(笑).でも入ってあげることがこの人にとっていいことだと思った.一緒に訪問診療に来ていた,僕が指導してもらっている総合診療科の奥知久先生と研修に来ていた京都大学の医学部の学生の3人でお風呂に入らせてもらいました(図3).
 患者さんの奥さんに写真を撮られましたが,奥さんがお子さんにもメールで送られて,「家族みんなが明るくなって,看取りの暗さがなくなりました」と喜んでもらいました.            

            図3の図(W410)

多死時代をどう迎えるか
~死の問題に関わる指針の作成を望む~

──人は最期のときでも誰かに喜んでもらえることが生きる力になるのですね.

 日本の医療はこれまで,治すこと,延命させることに全力投球してきましたが,おそらく多死時代を目前にして,これからの医療が考えなければいけないのはこのようなことではないかと思うんです.

 一方,アメリカでは,米国内科専門医認定機構財団(ABIM財団)が,“Choosing Wisely”というキャンペーンを行っています(文献2).例えば高齢の人に胃瘻をする必要があるのかどうか,あるいは70~80歳の高齢者にがんが発見された場合,40~50歳の働き盛りの人と同じ治療をすべきではないなど,約50の医学会が賛同して,無駄だと思われる医療・検査を公表しています.日本でもチュージング・ワイズリー・ジャパンという活動が始まりました(文献3).

 高齢者診療においても,賢い選択が必要になってきたということですね.特に“死”については,非常に繊細な問題を抱えているので,老年医学の研究者の皆さんにぜひ指針を作成していただければと期待しています.

 例えばアメリカでは,Careful hand-feedingといって,胃瘻をしないかわりに,食べられない人に家族が交代で一匙,一匙,30分でも1時間でも時間をかけてのどに通していくことを推奨しています.でもそれだけでは全然足りないので,少しずつ弱って死に近づいていくわけですが,本人が望み,家族も一匙ずつ想いを込めてあげることで,最後の人間と人間の関係が構築されて,いい思い出になっていきます.

 僕ならそれでいいなと思う.人工呼吸器も胃瘻もしてほしくないし,でも最期のときには,僕は食べることが好きだから,30分でも1時間でもかけてアイスクリームだけでも食べさせてもらって,それでいのちに終わりがくるのならそれでいい.そういう死の選択がいくつもあるということを示すことが大切です.先ほども言ったように,いのちはその人のものだから,その人自身が決める.そういう看取り方もあるということを,多くの人に知ってもらいたいですね

地域包括ケアは街づくり
~地域の民間施設との連携を重視する~

──地域包括ケアの3つめの柱は「在宅医療・ケア」でよろしいですか.

 国はそこに最も力を入れていると思います.在宅医療や在宅ケアの多様なメニューを作って,それぞれの地域で解決してくださいということですね.まあ国の丸投げですが….

 僕は2016年に若い人たちと一緒に「一般社団法人地域包括ケア研究所」を立ち上げました(文献4).スタッフは医療の領域だけではなく,ブランディングサービスをする人,ファンドマネジャー,福祉を教えている大学教授などいろんな人たちが集まってくれました.というのも,地域包括ケアはおそらく高齢者だけの問題ではなくて,若い人や子どもにも関係する“街づくり”になっていくのではないかと考えているからです.

 例えば,諏訪中央病院には,グリーンボランティアが毎週水曜日に60人くらい出てくれて,院内すべての庭をきれいにしてくれています.病院はお金を出しておらず,ボランティアの皆さんが自分たちでバザーをやったり資本金を集めて,職員が癒されるように,癒された職員が患者さんに優しくできるように,そして患者さんたちがハーブティーを飲んだり,花束を作ったりできる庭を作ってくれている.このグリーンボランティアの約8割は,他県から移住してきたCCRC(Continuing Care Retirement Community)の人たちです.つまり,定年退職された多くの高齢者の人たちが,いつか死ぬときにはあたたかな看取りをしてもらえる,訪問診療にも来てくれる,地域包括ケアが充実したこの茅野市に住みたいということで引っ越してこられた.地域包括ケアがあったからこそCCRCという住民の移動が行われたということです.この移住してきた人たちが新しい風を吹かせて,この地域にもともとある文化を変えていき,ボランティア文化を育てています(図4).

                           図4の図(W450)

 このように地域包括ケアはその地域にいる高齢者だけのものではなくて,その地域以外の人もそこに移住してくるような,行政区を超えたかたちもあると考えています.

 地域包括ケアでは民間の施設に育ってもらうことも重要です.諏訪中央病院には介護老人保健施設「やすらぎの丘」が併設されていて,以前は僕が施設長をしていましたが,今は在宅復帰率にこだわって,徹底的にリハビリを行う老健施設になりました.ショートステイも含めて現在,在宅復帰率90%です.

 僕が施設長だった頃は,一度預けたらずっと預かってもらえるのではないかという“老健施設の特養化”的な雰囲気が確かにありました.でも,リハビリを充実させて必ず入所者を自宅に帰すという目標を立て,その目標に向かって,リハビリスタッフ,介護士,看護師は一緒になって仕事をしています.入所者は茅野市ばかりでなく,隣の諏訪市や原村や富士見町からも来ていますが,リハビリで元気になったら家に帰り,地元の民間施設のサービスを使ってもらうことになります.

 これはデイケアもそうです.1980年代,おそらく僕たちは日本で初めてのデイケアを始めましたが,これだけデイケアの需要が出てくると,当院のデイケアはまるでジムに通う感じでリハビリをしてもらい,1カ月通ってよくなったら,自宅のそばにある民間のデイサービスを紹介するようになっています.

──卒業する感じですね.

 そういうことです.入所者や利用者が一度,諏訪中央病院に行ったら帰ってこないぞということにならないようにする.必ず地元に帰ってもらう.そうすれば地域に信頼されるわけです.すると僕たちの役割も見えてきます.介護の領域ではフレイルを少しでも予防して機能回復させて社会復帰してもらうという目標設定をする.健康づくり,死の看取り,そして在宅医療・ケア,これらすべてが地域包括ケアなのです.

相手の身になって始まったデイケア
~独り占めにしないことも大切~

──地域包括ケアはどんどん進化してきたことがわかりました.

 僕たちは在宅ケアがまだ制度にならない頃からほそぼそと始めました.看護師が一人で行ってもまだ訪問看護の制度はなく点数もつきませんでしたが,医師の往診には点数がついていたので,医師と看護師で在宅ケアをやり始めたのです.

 そこで学んだのは,相手の身になるということでした.もし僕が寝たきりになったとしたら,「もうこれ以上生かさないでほしい」と周りの人たちを困らせることを言うかもしれない.でもこんな僕でも「生きていてよかった」と思えることがあれば,もう少し生きたいと思うのではないだろうかと.だから僕たちが,その患者さんを生かしたいと思うのなら,その人に「生きていてよかった」と思ってもらえるようにすればいい.それがデイケアをやろうと思ったきっかけです.デイケアに出てみたら,今日は面白かったとか,美味しいものを食べたとか,みんなと笑ったとか.何かいいことが1つでもあれば,しばらくは元気で頑張ろうという気になるのではないかと考えました.

 でも相手の身になるというのはもう1つあって,それは介護する人の身になることです.その頃は介護保険もなく,いまなら利用できる介護サービスもほとんどないわけで,介護者にとっては24時間365日ずっと看続けていなければならず,いわば介護地獄という情況がありました.その介護者の身になったとき,僕だったら何があったら救われるかなと考えました.僕の性格だと,1日のうちに少しずつ自由な時間をもらうより,1週間のうち1回でいいから完全にフリーな1日をもらえれば,耐えられるかなと.当時介護しているのはお嫁さんがほとんどでしたが,1週間に1回,買い物に行こうが,映画を観に行こうが,友だちとお茶を飲み行こうが,何をしてもいいという時間を作ってあげたいと思いました.

 こうして始まったデイケアでしたが,介護保険が2000年にでき,デイケアは全国に広がっていきました.僕は保険になったことで,民間施設が絶対に育ってくると思いました.それで,ちょうどその頃,僕が会長をしていた在宅医療などに関わる医師や看護師が勉強する地域医療研究会で,「複合体の解体」という講演をしました.期せずして,在宅ケアを始めて,デイケアを作り,老健施設,特養など,いろんな施設が諏訪中央病院に集まって,多様なメニューを提供できるようになったけれど,これは複合体になってしまったなと感じていたからです.

 それまで地域の人たちのいのちを診ていくために,これがあればいいな,あれも作りたいなと諏訪中央病院で毎年いろんなものを作ってきたけれど,「このまま君臨していては,民間の芽は出てこない.複合体は解体したほうがいい」という主旨の話をして,それなら僕たちは少しばかり引いたかたちで,民間の人たちにどんどん参入してもらい,その中でまだ不足している部分に力を注いでいけばいいと訴えました.こうした哲学は今でも生きていて,僕は勇退を56歳でしましたが,その次の人たちが,先ほど言ったように,老健施設を在宅復帰率90%にし,卒業のあるデイケアを作ってくれました.地域に民間施設がたくさんできたことに対応して,僕たちの役割は,高齢者を元気にして社会復帰させていくことに専念するようになった.要するに独り占めをしないということです.

空き家を利用して介護ハウスに
~いろんな世代がミックスする街づくり~

──地域包括ケア研究所の活動について.

 現在,日本には820万戸の空き家があると言われています(平成25年住宅・土地統計調査(速報集計)結果).地域包括ケア研究所では,その空き家を利用して,地域包括ケアを展開できないかと計画しています(図5).そしていま,北海道の十勝の本別町から地域包括ケアシステムづくりへの協力を依頼されています.

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 本別町は保育園が充実していて,シングルマザーが引っ越してきたとしても,翌日から保育園で預かってくれます.東京では,子どもを預かってもらえるところがないために就職できないという若いシングルマザーの人たちがたくさんいて,子どもを預けられる風俗店で働いているお母さんもいるという話を聞いたことがあります.正直なところ,僕はそのお母さんを偉いなと思いましたが,僕たちの社会がまっとうになるためには,そうしたお母さんをリスペクトするだけではなく,違う道もあるということを知らせてあげる必要があると考えました.

 地域包括ケア研究所では,日本のどこかで,空き家を利用したシングルマザーシェアハウスを作り,昼間は保育園に子どもを預かってもらい,そのお母さんにはもう1つ隣の空き家を利用した介護ハウスで働いてもらうプランを作っています.

 例えば朝はそこでモーニングカフェを開きます.健康づくり運動を長い間やってきた経験から,僕は朝ごはんを食べることをすごく大事にしています.愛知県は糖尿病や脳卒中が非常に少ないとされる県ですが,それは愛知県のコーヒー文化,モーニングサービスが影響しているんじゃないかと考えています(図6).この愛知方式のモーニングカフェをやれば,一人暮らしのお年寄りがそこで朝ごはんが食べられるし,朝ごはんを食べない若者もそこでなら食べられるという場所になるのではないか.やはりいろんな世代がミックスすることがすごく大事だと思っているのです(図7).

図6の図(W330)図7の図(W330)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 それで10時から夕方までは,認知症カフェにする.認知症の人たちも皆で集まってわいわいやることで認知症の進行がくいとめられると言われています.そして夕方からは「こども食堂」を開く.認知症カフェに来てくれる人の中には認知症だけど料理のできる人もたくさんいます.煮物が得意な人とか,お味噌汁を作れるおばあちゃんとか.そういう認知症のおばあちゃんたちに「こども食堂」の料理を任せます.

 家庭の事情で夫婦共稼ぎだから,両親が帰ってくるのは深夜になるような子どもたちに「こども食堂」に来てもらって,そこで認知症のおばあちゃんと子どもたちが接する場所も作り,子どもたちに家庭の雰囲気の中で美味しいごはんを食べてもらう.おばあちゃんたちにとっても子どもから言葉をかけられることは嬉しいでしょうし,生きがいが出てくると思いますよ.

 こんな介護ハウスを作り,シングルマザーのお母さんには朝から夕方まで,その運営のマネージャーになってもらう.少し慣れてきたら,小規模多機能型居宅介護のサービスなども任せられるように介護福祉士の資格の勉強もしてもらいます.

 このような事業が動き出し,本別町にはシングルマザーでも若者でも働ける職があるということが伝わるようになれば,IターンやUターンなどいろんな動きが起こってきて,街が元気になり,さらなる雇用にもつながっていくのではないかと構想しています.

地域包括ケアをルネサンス(人間復興)と考える
~ピンチをチャンスに変えるとき~

──街全体を活性化しようとする構想ですね.

 こうした街全体の健康づくりと子どもの問題,雇用の問題,高齢者の問題を考えていけば,実は地域包括ケアは大きな曼荼羅の絵のように何でもありで,ものすごく面白いということに気づいてくれるのではないかと思います.ここが大事なところで,介護保険の制度内でも結構いろんなことがやれるということを僕らは示したい.利益がものすごく出るわけではないけれど,生きがいをみつけて生活ができるようにすることは十分可能だと思っています.

 バングラデシュでグラミン銀行を作り,2006年にノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌスという人がいて,彼は女の人にミシンを買える程度の少額のお金を貸し出し,それで女性が自立していきました.日本にはミシンを買うお金がなくて自立ができないという,そこまでの貧困はないけれど,どうも介護・福祉の領域で働く若者は報酬が低く抑えられていて,大変な思いをしているという情況があると思います.

 そこで僕らは,ユヌスさんのやり方をまねて,やる気のある人が空き家を利用して面白い企画を出してくれたら,500万円を無担保で少額融資をしようという計画を立てています.絶対失敗させないために僕たちが戦略マンとしてその地域に乗り込み,講演会などをボランティアで行うつもりです.その代わり,事業がちゃんと軌道に乗ったら次の人の夢のために利子をつけて返してもらう.こうした仕掛けで,日本中に820万戸もある空き家を利用できないかと考えているところです.

 2025年問題というと非常に厳しいイメージが浮かびますが,それを地域包括ケアの視点で見れば,実は「日本のルネサンス」ではないかと考えています.ルネサンスという言葉は“復興”という意味で,よく「文芸復興」と訳されていますが,僕は日本のルネサンスは「人間復興」ではないかと解釈しています.医療の未来について,AIやインターネット,ロボットなど,人間性が希薄になる話ばかりがよくされますが,地域包括ケアはまさに人間が復興していく新しいシステムになるのではないかと期待しているんです.地域包括ケアは可能性があるから面白い.それなのに国の都合で,少しばかり診療報酬や介護報酬の点数をよくされて,頑張れとムチ打たれ,地域包括ケアをつまらないものにしてはいけない.そんなふうに若い人たちが考え直してくれれば,逆に2025年はピンチではなくチャンスに変わるのではないかと思っています.

  (2017年3月7日,諏訪中央病院で収録)

文   献
1) 国民健康保険中央会編:市町村における医療費の背景要因に関する報告書(市町村における医療費の背景要因に関する研究会). 国民健康保険中央会,1997.
2) Choosing Wisely:http://www.choosingwisely.org/
3) チュージング・ワイズリー・ジャパン:http://www.choosingwisely.jp/
4) 地域包括ケア研究所:http://tiikihoukatsucare.org/        

プロフィールの図(W450) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取材後記の図(W450)