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Interview オピニオンを聞く 辻 哲夫 氏

Geriatric Medicine Vol.56 No.1 2018-1
 
第17回 超高齢社会を支えるシステム辻先生の図(W220)

思想としての地域包括ケアシステム
その本質は“自立と連帯”
~かかりつけ医の在宅医療への転換が最優先課題~

 2025年まであと7年.高齢化は進み,人生100年時代への備えも議論されるようになった.差し迫る2025年問題を日本社会は果たして乗り越えていけるのだろうか.期待される地域包括ケアシステムの進捗はどうなっているのか?──今回は,厚生労働省において地域包括ケアシステムの政策立案に深く関わり,現在も千葉県柏市の地域包括ケアモデル事業(柏プロジェクト)に携わっている東京大学高齢社会総合研究機構の辻哲夫特任教授にお話をうかがった.日本の医療や社会に一大転換を促す地域包括ケアシステムの本質は“自立と連帯”であり,その意義を社会と個人が共有することの必要性が強く示された.

個人が向き合わねばならない高齢化の問題
~第2の人生の着地点は“コミュニティに生きる”こと~

──人生100年時代といわれるまでになった日本の高齢化の現状について.

 日本社会は戦後,劇的な変化を遂げました.医療の発展もその1つで,国民の平均寿命は大幅に延び,素晴らしい長寿社会が実現したわけですが,その急速な変化に私たちの価値観や社会のシステムが追いついていないという感が強いですね.

 2017年1月に日本老年学会・日本老年医学会が「高齢者の定義を75歳以上」とする提言を発表しました.高齢者を75歳以上と考えれば,社会の高齢化率をそう深刻に問題視しなくてもいいことになります.65歳を定年とする今の日本社会の仕組みが実情とだいぶズレが生じてきていることは間違いありません.いずれにせよ,私たちが長い人生を前向きに生きることができるような社会システムに変えていく必要があります.

──どのような変化が考えられますか.

 まず個人の生き方からいえば,定年でまず現役の人生を終えて,その後に別の場で自分がどんな役に立てるのか,いわば第2の人生(セカンドライフ)を大切に考えるような人生観が求められると思います.以前私は,π(パイ)型人間というモデルを考えたことがありました.それは自分の職場と職場の外に2本の足をもつ.そうすれば現役の職場を去っても,もう1本の足で立てる.そんな幅のある人生観が必要だと思ったのです.

 私自身は,かつての公務員時代と現在の大学では勤務内容はまったく異なりますが,現役時代の問題意識をそのままもち続けて仕事をしています.そんな生き方がある一方で,がらりと変えて,地域で新たな仕事,役割に就くという生き方もあると思います.というのも年を取るにしたがい,自然と行動範囲は狭まってきます.最終的には地域で役立てる人間になることが第2の人生を長く続けることにつながるからです.地域で生きがいとなるような仕事を見つけ,社会の中で役割をもち続ける生き方が,これからの超高齢社会では問われるようになっていくと思います.

 よく「男性は名刺がないと挨拶もできない」といわれますが,第2の人生の着地点は,肩書がない立場で,“コミュニティに生きる”ことだと思います.肩書だけで生きるにはあまりにも人生は長くなってしまいました.

 東京大学高齢社会総合研究機構(IOG)では,「生きがい就労」という概念を研究しています.休耕地や団地敷地内を活用した都市型農業,子育て支援や学童保育,施設のバックヤード業務などで,高齢者にグループを組んで働いてもらえるようなセカンドライフ支援のプログラムの開発を行いました.就労者はフルタイム就労ではないため収入は少ないのですが,若干の手当は励みになり,何より地域貢献しているという気持ちが生きがいになります.就労日以外の日も,活動量が増加し生活全般によい影響があることも次第にわかってきました.

 長い人生を充実したものにするためには,健康であることが一番です.健康を確保するためには,生活習慣病の予防はきわめて重要となり,今後非常に大切になってくるのが加齢に伴う衰えを引き延ばすこと,すなわちフレイル予防です.このフレイルの予防策については,IOGの飯島勝矢教授らの研究で,運動,栄養,口腔機能,そして社会参加が重要であることが明らかになっています(文献1).その中で大きなカギとなるのが社会参加です.コミュニティの中で高齢者が最後まで役割を果たすことがフレイルを予防し,健康長寿社会を実現することにつながっていきます.

ノーマライゼー務教育の提案ションの社会を目指すGerontology
~障害のある人もない人も共に暮らせる社会へ~

──社会の仕組みにも変化が必要ですね.

 超高齢社会のデザイン論を考える上で大切なのは,“人間が真に自立できる社会”を目指すということです.その中で認知症は非常に大きな要素を占めます.ご存知のように認知症は加齢に伴う症状で,知的な面での障害です.長生きすれば大変高い確率で発症し,私の知る限りでは90歳以上で約6割,95歳以上で約8割を占めるとされています.今後フレイル予防は重要ですが,一方において,日本は長生きすれば誰もが障害者になり得る社会となったのです.認知症は現在のところ治りません.その人がその人らしく生きるためには,BPSD(行動・心理症状)を起こさないようにすること,そして,共に生きる社会を作ること,これが認知症対策の最大のポイントです.

 かつて北欧諸国から広がった“ノーマライゼーション”の考え方は,障害のある人もない人も共に同じ社会で生きるのが正常であるというものでした.人類がもう限界近くまで生きられるような時代が到来し,誰もが障害者となる可能性をもつ超高齢社会ではノーマライゼーションの社会の実現が急務になります.

 超高齢社会は通常,かなり成熟した経済発展と共にやってきます.そのような国では必ず少子化を伴う.事実,東アジアの国々では少子高齢化が加速してきており,その最前線に日本がいるわけです.少子化が進み人口減少する中でノーマライゼーションの社会を実現させようとすれば,かなりの社会保障システムが必要になってきます.必然的に国民一人当たりの可処分所得はそれほど伸びなくなり,その中で社会が新しい価値を見出していくことになると思うのです.現在の日本の消費水準は世界的にみても素晴らしいものです.その消費水準の下で仮に可処分所得の減少があったとしても,ノーマライゼーションといった考え方が理解されるような社会を作るという方向に日本人は価値観を大きくシフトしていくことが大切だと思います.それは,コミュニティの中で人と人が触れ合い,その人らしい人生をお互いに認め合える,成熟した真に豊かな社会です.

 このように超高齢社会の問題は,厳しい課題を突きつけると同時に成熟した未来社会のあり方を提示しているともいえます.そしてこの大きな課題に真っ向から取り組む学問領域こそが,Gerontology(老年学)であると私たちは考えています.

2025年問題の最優先課題は“在宅医療の普及”
~在宅医療は成熟社会に変わるための試金石~

――2025年までに具体的にどんな対策が必要になりますか.

 2025年問題は国民の間でもずいぶん知られるようになったと思います.政策目標を掲げる場合,一定の期限を設けて施策プログラムを組み立てるのは行政の常套手段でもありますが,2025年にはかなり深い意味が込められています.非常に大きな人口集団である団塊の世代が75歳を超えるのが2025年で,介護が必要となる人口が大都市圏で急増し始めます.そして死亡件数は2040年にピークを迎えます.この15年間が日本の大都市圏の医療の正念場となるでしょう.現在,日本人の約8割が病院で亡くなっていますが,2040年に頂点に達する多死時代を日本の病院や社会は果たして受け止めきれるのか,これはきわめて具体的かつ重大な危機で,それまでに切迫感をもって医療体制を大転換していく必要があります.その危機の始まりが2025年であり,このことがリアリズムとしての2025年問題です.

 こうして考えると,2025年問題の最優先課題は“在宅医療の普及”になります.慢性疾患が基本となった現代の医療には,“治す医療”から“治し支える医療”への転換が求められるようになりました.しかし,その転換がなかなか実行に移せていないのが現状です.そしてこの問題をブレイクスルーするのが“在宅医療”だという強い信念を私たちはもって,柏プロジェクトに取り組んでいます.

──在宅医療にどのような期待をかけられていますか.

 医療の目的とは何でしょうか? 病気を治すことはその一部に過ぎません.医療の目的とは“医療を通して人を幸せにすること”です.近年,人の幸せを考える際に用いられるようになったのはQOL(quality of life)の概念ですが,Lifeという言葉には,いのち・生活・人生という3つの概念が含まれています.いのちを救うことはまず病気を治すことですが,慢性疾患中心となった現在では,それに加えて,人を幸せにするためには,生活や人生に関わることが必要になります.これは今まで必死で病気と闘ってきた医療の概念を再び原点に戻すものであって,この新たな医療のあり方の典型が在宅医療なのです.

 人は老いて死ぬことを避けられません.現状では多くの人たちがその最期を病院で過ごしますが,それが果たして幸せなのかということが問題です.生活の場にいれば,その人は患者ではなく生活者です.足元にペットがいる,大音響で音楽も聴ける,調子が良ければお酒を飲んでも叱られない,生活者である喜びを感じられるのは在宅,生活の場なのです.この生活の場においてQOL,まさにいのち・生活・人生を享受するための医療が在宅医療になります.

 在宅医療への移行について,病院や病床数が足りなくなるからとか,医療費を低く抑えなければならないから,ということがよくいわれますが,これは誤解であって,その真の意味は長生きした人が最後まで幸せに暮らせるために必要な医療への転換なのです.このことを医療界はよく考えてもらいたいと思います.現実問題として,2025年に向けて在宅医療の普及はきわめて急がれています.厳しい問題が山積する日本の超高齢社会を成熟した社会に変えるための具体的な試金石が在宅医療なのです.

 在宅医療は医師だけのものではなく,多職種の連携において完成します.病院医療で培われてきた医師を頂点とする病気と闘う戦闘的なピラミッド型組織ではなく,医師が地域の様々な職種の人たちと連携するフラットな組織によって,人々の生活と人生を支えていくのです.これはまさに“まちづくり”であり,地域包括ケアシステムが目標とするものです.在宅医療の普及はそのための必須事項ですが,地域の医師会と市区町村が協力しなければ不可能です.厚労省が進める在宅医療・介護連携推進事業は,市区町村をベースに展開されており,そこで医師は多職種の専門家との調整機能をもった地域に開かれた存在になることが期待されています.

 実は私に“在宅医療は医療の大改革”であると気づかせてくれたのは,日本の在宅医療・ケアの先駆者であり,「ライフケアシステム」という組織を作り上げた佐藤 智先生です.佐藤先生の言葉に「病気は家庭で治すもの」,「自分たちの健康は自分たちで守る」というものがあります(文献2,3).「病気は家庭で治すもの」が意味するところは,家庭における生活が人間のすべての基本であり,病院での治療はその一部に過ぎないということだと私は理解しました.一方,「自分たちの健康は自分たちで守る」については,生活習慣病やフレイルは,その人自身が注意を払えば予防できるというわれわれの主体性を取り上げ,そして老いや死に対しての準備についても一人ひとりが自覚しなければならないことを予言するものといえます.佐藤先生は在宅ケアの実践の中で多くの看取りをし,「あらゆる高齢者の死に個性がある」ともいわれました.それは,誰一人として同じではない個性をもった存在としての尊厳を等しく認めるという,在宅医療の根底をなす思想です.このように医療
者のあり方を問うとともに,一人ひとりの個人が自分の生涯を健康に送るということに目覚めていかなければならないと佐藤先生は訴えています.

 このような考え方はまさに地域医療構想と地域包括ケアの改革の思想そのものです.その意味で,佐藤先生は新たな日本の医療の思想的基盤を論理化した人だといえます.

地域包括ケアは社会変革のための一大思想
~コミュニティの互助機能をいかに形成していくか~

──地域包括ケアシステムは医療改革だけでは終わらないのですね.

 もちろんです.在宅医療への転換はまさに喫緊の課題ですが,在宅医療が必要となる期間を短くすることが地域包括ケアシステムの本来の姿です.介護予防,フレイル予防がやはり重要となり,最初にお話ししたように新たなコミュニティの形成を並行して進めていく必要があります.高齢者が衰えにくい,温もりのあるふれあい社会,年を取っても居場所があるという開かれた社会をきちんと作っていかなければ,いくら多職種による在宅医療・ケア体制があってもマンパワーは足りなくなるでしょう.在宅医療体制だけを整えても,地域社会を変革していかなければ,地域包括ケアシステムの完成は望めません.

 特に都市部のコミュニティ形成が問題です.地方には長年かかって作り上げられてきたコミュニティがありますが,大都市圏は人口の列島大移動の結果できた地域ですので,それだけのコミュニティが十分形成されていないのです.さらに現在,一人暮らし世帯が急速に増加しているということも問題です.一人暮らしのお年寄りが閉じこもってしまうと,言葉はきついかもしれませんが,最後は孤独死とごみ屋敷ということになりかねません.あるいは子どもさんが心配して有料老人ホームか施設に入れたとしたら,その住まいは空き家になってしまいます.そんな事例が積み重なることで,その地域は廃れていき,ゴーストタウンになってしまいます.ですから,閉じこもりをつくらないようなコミュニティ,つまり,ずっと自分の家で住み続けられるような見守りや相談ができるような互助機能が社会に求められます.

──コミュニティの形成は期待できますか.

 地域の互助機能,コミュニティの必要性は,半世紀以上もいわれ続けて久しいのですが,超高齢社会を迎え再びクローズアップされてきました.それだけ難しい問題だということです.今のところ地域では自治会やNPO法人などが活動していますが,自治会活動をしているのはお年寄りばかりで,若い人たちにどうやって地域の活動に参画してもらうかがカギになります.しかしサラリーマン社会の都市部では,日中は若い人たちが原則地域にいません.そこで最後に残るのは地域で経済活動をしている商店や介護事業所などです.こうした人たちに地域のネットワークの一員になってもらい,地域を活性化していくことが考えられ,その具現化を柏プロジェクトで取り組みつつあります.

 ここまで説明した地域のネットワーク化によるお年寄りが孤立しないような生活支援,コミュニティの形成,介護予防と在宅医療の充実などはそれぞれが,地域包括ケアの重要な概念で,この関係性を明確にしたのが2016年に地域包括ケア研究会が発表した新しい植木鉢の図です(文献4,図1).それ以前の概念図では医療と介護が強調されていましたが,その土台にあるいわば土である介護予防と生活支援によってコミュニティが持続可能となります.そして,人の生活の基本となるのがすまいです.さらにその下に本人の選択と本人・家族の心構えがある.つまり,本人の意思や自己決定を尊重し,サポートするのが地域包括ケアシステムだといえます.

                植木鉢の図(W250)

 地域包括ケアの概念が初めて公表されたのは2011年ですが,次第に進化し現在の植木鉢の図に至りました.個人の自覚(自助),社会の助け合い(互助),介護保険などの社会保険制度(共助),生活保護(公助)が立体的に積み重なっていることが示されました.

 これまでの説明でご理解いただけたかと思いますが,地域包括ケアシステムは社会変革の大きな思想でもあり,人間の自立と尊厳,そして社会連帯のあり方を示したものです.それは高齢者ばかりでなく,障害のある人,生活に困窮した人,あるいはシングルマザー,そういったすべての人たちを繰り込んでいき地域共生社会を作るという思想につながっていきます.ノーマライゼーションの思想の日本版といえるかもしれません.政府はこの何年かの間に矢継ぎ早にこうした概念を出してきましたが,実は市区町村がその概念をまだ追いきれていないのが今の状況だといえます.

 しかしこの方向性については,私は正しいと確信しています.個人の真の自立と連帯へと向かう社会の実現を目指すことが超高齢社会をブレイクスルーできる唯一の道であり,そうでなければ戦後の経済発展とその結果生まれた成果物を次世代に遺すことは不可能だと思うからです.日本は今,非常に大きな転換期を迎えています.選択を誤れば,きわめて悲観的な未来を引き寄せかねないということを多くの人に考えてほしいですね.いい換えれば,国民一人ひとりの自覚が伴わなければ,地域包括ケアシステムによる改革は完成しないということです.この考え方は先ほど紹介した佐藤先生の言葉,「自分たちの健康は自分たちで守る」という個人の自覚を促した精神につながっていきます.

在宅医療推進における老年医学への期待
~かかりつけ医こそが在宅医療の中心に~

──意識改革を起こさなければいけないのは医療界も同じですね.

 まさに医療のあり様が問われていると思います.時間は非常に限られています.日本の医療には,専門性を突き詰め,1つの高みにまで登らないと気が済まないといった,非常に向学心に満ちた素晴らしい伝統があります.しかし,これまでの医療体制では超高齢社会の様々な問題には対応できないことも明らかです.それをブレイクスルーするのが在宅医療であり,“死を敗北としない医療”への転換が求められているのです.

 私は在宅医療がこれまでの専門医を総合医に変える1つの通り道になると考えています.医療過疎地でも活躍でき,産科や小児科領域なども診ることができる総合診療医を増やすという方策だけで時代に対応できるという話ではありません.都市部で厳しい修練を経て専門医として医療をきわめた医師が,在宅医療を通して地域の人の生活や人生を診ることのできる総合医に変わることは可能ではないかと思うのです.それだけの基礎教育を日本の医師は受けてきていると私は思います.これからの医師は,基本的には在宅医療を共通素養とすることが期待されており,その素養を身に付けた医師を医療改革の橋頭保として位置づけていくことが必要となるでしょう.その推進役としての役割を私は老年医学に果たしてほしいと期待しています.

 東京大学では在宅医療に必要な人材の育成と在宅医療の研究をするために「在宅医療学拠点」を設けています.そこでも老年医学は主導的な役割を果たしていますが,在宅医療学を学ぶ人は様々な領域から来ています.例えばがんの終末期は在宅医療が主流になるべきだと考えますが,あらゆる専門領域の医師・学生が,終末期医療の素養を在宅医療学を通して身に付けていただければと思います.全国の大学にもこのような形が広がってほしいものです.

 ただし,在宅医療を実際に学ぶためには訓練するためのフィールドとティーチング・クリニックが必要になります.そもそも大学は病院しかもっていないので,在宅医療を実践できる場がなく,研究も教育も困難です.東京大学では柏市と柏市医師会と連携することで,その問題を解決し,医学部の5~6年生の時期に2週間の在宅医療の実習を必修としました.また,柏プロジェクトでは,地域における開業医や訪問看護師などの在宅医療・介護に関わる多職種を対象としたオン・ザ・ジョブ型の短期研修プログラムも開発しています.これらの実習や研修で重要となるのは,医師の在宅訪問同行による在宅医療への動機づけと多職種とのグループワークです.この短期研修の医師等に与えた一定の効果が私たちの研究でも明らかになってきました(文献5).

 ここで注意してもらいたいのは,在宅医療の真の担い手は在宅医療専門医ではなく,地域のかかりつけ医(開業医)であるということです.なぜなら地域の開業医のクリニックの外来に来ている患者さんたちがこれから皆,高齢化していく中で,かかりつけ医が在宅医療を担当しなければ,その人たちの生活を支えていくことはできません.あくまでもそれをバックアップするのが在宅医療専門医の役割になると思います.この関係性を地域の医師会の内部で作っていく必要があります.これが私たちの強い主張であって,そのような在宅療養を支援できるかかりつけ医機能の推進という方向性を日本医師会が明確に打ち出していることは心強い限りです.

 かかりつけ医こそが在宅医療の中心となる.地域の医師会の先生方にもぜひこの考えが浸透していってほしいと願っています.地方の地域には開業医が減ってきている現状があります.診療所がなくなった地域の住民は近隣の病院へ行くことになり,加齢とともに行動範囲が狭まってくる高齢者は最終的には病院の周辺地域にしか住めなくなります.やはりかかりつけ医が訪問診療も含めて地域住民を診てくれて,その医師が地域の中核病院と連携することで初めて地域医療が面となります.その面の中でなら,人は安心して生活を続けることができるでしょう.したがって超高齢社会における開業医の役割はきわめて重要です.志のある医師は開業医になって地域を守る,あるいは地域社会を診るという方向をぜひ目指してほしいと思います.超高齢社会となった今,開業医が再び脚光を浴びるときが来ました.一度は専門医となった医師が「在宅医療を担い,地域の人たちの生活を診る」という覚悟をもってさえいただければ,日本の開業医の皆さんは重要な役割を果たせると私は信じています.

障害者問題に向き合ったことが原点
~問題に真摯に向き合い,闇の中に光を見出す~

──ありがとうございました.地域包括ケアは社会を変革する思想であるという点にとても感銘を受けました.

 私の原点は,障害者問題です.滋賀県庁で勤務していた頃,戦災孤児と知的障害児のための福祉施設「近江学園」を創設された糸賀一雄氏の業績を知ることができました.糸賀先生は重症心身障害のある子どもたちの支援に取り組み,この子らに世の光を当てるというのではなく,「この子らを世の光に」しようという言葉を遺されました.重い障害をもっていても誰にも取り換えることのできない個性がある.それは自ら輝く素材そのものであり,さらに輝かせなくてはいけない.この子たちがもっている人格発達の権利を保障することが大切だと糸賀先生は考えたのです(文献6,7).私は深く共感しまして,施設に何度も泊まり込んで障害のある人たちと向き合い,糸賀先生の言葉通りであることを確信できました.この言葉はヨハネ福音書によるもののようです.闇の中に光を見出す.重症心身障害の子どもをもった人は死と向き合うほどの闇に落ちたとしても,その闇の中から光を見出していくといういい方もあると思います.どんなに重い障害をもった人もかけがえのない個性をもった存在であり,等しく尊厳をもち輝いていることに気づくことが大切です.その思想に感動した私は,超高齢社会の問題も同じように考えるようになったのだと思います.多くの高齢者が虚弱な期間を経て亡くなっていく社会において光を見出していかなければ,日本は幸せな未来を迎えることはできないのではないかと考えます.

 また,糸賀先生は『福祉の思想』の中で,重い障害の子どもの存在を受け入れ,克服できた親は,「そのことで既に社会の指導的な役割をはたすことになるであろう」と記されています(文献7).その人はもう人間の尊厳やいのちに目覚めたる人です.私たちも超高齢社会が突きつける課題に立ち向かう勇気が問われていると思うのです.

 日本の長寿社会を生み出した大きな要因の1つとして,医学・医療の発展があったことは誰しも異論のないところでしょう.見方によっては病院医療における成功がこの超高齢社会をもたらしたともいえます.そう考えると,医療に携わるすべての人たちは自らがその次にやってくる問題に真摯に向き合う責務を負っているのではないでしょうか.病院医療が成功した故に起こってきた超高齢社会の事象を他人事とせず,医療者の皆さんには頑張っていただきたいと思います.

                                                             (2017年12月6日,東京大学本郷キャンパスにて収録)

文   献
1)  飯島勝矢:平成27年度老人保健健康増進等事業「口腔機能・栄養・運動・社会参加を総合化した複合型健康増進プログラムを用いての新たな健康づくり市民サポーター養成研修マニュアルの考察と検証(地域サロンを活用したモデル構築)を目的とした研究事業」報告書,2016.
2)  佐藤 智:在宅老人に学ぶ―新しい医療の姿を求めて,ミネルヴァ書房,京都,1983.
3)  佐藤 智:在宅ケアの真髄を求めて―私の歩んだ一筋の道,日本評論社,東京,2000.
4)  地域包括ケア研究会:三菱UFJリサーチ&コンサルティング「<地域包括ケア研究会>地域包括ケアシステムと地域マネジメント」(地域包括ケアシステム構築に向けた制度及びサービスのあり方に関する研究事業),平成27年度厚生労働省老人保健健康増進等事業,2016.

5)  土屋瑠見子ほか:在宅医療推進のための多職種連携研修プログラム開発:都市近郊地域における短期的効果の検証.日本公衛誌 2017;64:359-370.
6)  糸賀一雄:この子らを世の光に─近江学園二十年の願い,柏樹社,東京,1965.
7)  糸賀一雄:福祉の思想,日本放送出版協会,東京,1968.

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