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Interview オピニオンを聞く 樋口 範雄 氏

Geriatric Medicine Vol.55 No.11 2017-11
 
第16回 高齢者法と医療

100歳時代の到来で求められる樋口先生の図(W220)
人生を再設計するための法制度とは
~日・米法の対比から考える超高齢社会の課題~

 あまりに急激な高齢化で世界でも類をみない超高齢社会となった日本.社会の仕組みや法制度はその高齢化のスピードに追いついていないのが現状である.今回は,日本で初めて「高齢者法」を講義し,高齢者が直面する様々な課題をアメリカ法との関係で検討を続け,現在は厚生労働省「人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会」の座長も務めている武蔵野大学法学部の樋口範雄教授にお話をうかがった.医療との関係では,インフォームド・コンセントや終末期医療,認知症介護などの問題について解説をいただいた.高齢者が人生の再設計をするためには,“高齢者の義務教育化”が必要であるとの貴重な提言もなされた.

高齢者問題はすべて法律の問題
~アメリカより20年以上も遅れてしまった日本の「高齢者法」の議論~

──まず,樋口先生が長年講義をされてきた「高齢者法」について教えてください.

 私自身の話から始めます.1992年に東京大学に移ったとき,ちょうど私は40歳を過ぎたばかりでした.当時の定年は60歳でしたので,あと20年,東京大学法学部で頑張ってみようと思ったものです.ところが年金制度の維持などの理由で定年年齢が65歳に引き上げられたために,今年(2017年)の3月まで東大で教鞭を取ることになり,この4月から武蔵野大学で教えています.定年年齢の引き上げは老後の人生設計にずいぶん影響しますが,これは私自身の問題にもなったわけです.

 そこで少し戻りますが,当初定年と考えていた60歳という節目を迎えたとき,私はどうせならこれまでやったことのない授業をしてみたいと考えました.例えば英語による授業.日本の法律を英語で表現する,外国人に英語で発信するとはどういうことかを考える,そんな授業をやってみたいと思ったのです.その中から「高齢者法」の講義も生まれてきました.「高齢者法」という名称の法律があるわけではなく,高齢者が直面する法的課題を扱う分野を総称しています.

 ご存知のように2017年時点の日本の総人口は1億2,693万人,65歳以上の人は3,459万人でその割合は27.3%と,日本は世界でも類をみない超高齢社会となりました(文献1).しかし,高齢になって様々な紛争や法的事柄から自由になれるかというと全く逆で,高齢になればなるほど,法律家の助言を必要とする場面は増えてきます.高齢者問題はすべて法律問題であるといってもいい.私はこの重要な問題を取り上げようと思い立ちました.

 ただし,あまりに広い分野なので,「高齢者法」の授業の1年目は「アメリカ高齢者法」の概説書を学生たちと講読し,2年目は,終末期医療,在宅医療,医療・介護保険制度,住まい,財産管理など,それぞれの専門家・実務家の方々をゲストに迎え,私自身も学ばせてもらいました.授業には高齢の方たちにも入っていただき,ディスカッションの場では学生たちと意見交換をしてもらっています.3年目は,アメリカ高齢者法の第一人者であるミズーリ州立大学のDavid English教授を招聘し,「アメリカ高齢者法」の集中講義をお願いしました.

 この「高齢者法」の講義は東京大学法学部の中だけでなく,おそらく日本でも初めてだったと思います.ところがEnglish教授の話には驚きました.彼は「高齢者法(elder law)」をロー・スクール(弁護士養成のための大学院)で25年も前から教えてきたというのです.アメリカの高齢化率は2015年時点で14.8%(文献2)と,日本ほど深刻ではありません.にもかかわらず高齢化の問題をアメリカではいち早く取り上げ,対策を検討していた.ずいぶんと先を越されたなと思いました.

 ただし,アメリカの人口は3億2千万人ほどで,65歳以上の高齢者は少なくとも4,500万人以上はいます.高齢者が4,500万人いれば,平穏無事に暮らせない人も出てくることでしょう.平穏無事に暮らすためには事前に計画(planning)を立てなければいけないわけで,4,500万人の高齢者は潜在的な顧客(client)になります.そのためにアメリカの法律家は“elder law” が必要と考え,昔からいろんな議論がなされ,ケース・ブック(判例を中心とした教材)も刊行されてきたのです.

 一方日本でも,もっと身近な問題を相談できるような法律家を増やそうと,2004年にアメリカのロー・スクールを参考にした「法科大学院」の制度がスタートしています.司法試験でそれまで500人程度だった合格者をその6倍の3,000人にするという遠大な目標が立てられたのですが,残念ながら達成はされていません.それでも以前なら2~3%といわれていた合格率が,現在20%を超えているようです.法科大学院の教育は,社会に出てすぐに役立つような実務的なものを中心にするという話でしたが,結局,法科大学院の評価は司法試験の合格率がどれだけ高いかということになり,アメリカのロー・スクールのような実践的な教育が行われるようにはなりませんでした.

 これはつまり,法学教育が依然として「法律ありき」から自由になっていないということです.残念ながら日本の法律学は「現在ある法律をどう解釈するか」という姿勢がとても強い.特に基本法典は,現在の超高齢社会とは何の関係もない古い時代に作られたものをずっと使っています.それをまずおかしいと思わなければいけません.法律は手段にすぎないのです.必要ならば新たな法律を作るか修正すればいい.こうした考え方をもち,実務的な問題を解決できるような法律家の養成を目指すのが,法科大学院に期待されていた役割だったはずです.しかし,現実にはうまくいきませんでした.でもそれは,実は簡単にできることだと私は思っています.司法試験の中にいま社会で問題になっている事柄について,民法や私法総合などでどう解釈できるかという質問を入れさえすればいいのです.受験生は必死になって勉強することでしょう.そんな簡単なことをなかなかできないのが日本の現状であるともいえるのですが….

100歳時代の準備に何が必要か
~人生を再設計するための義務教育の提案~

──アメリカとの違いが際立ちますね.

 アメリカ社会は実際に法律が関わる場面が多いからだと思います.日本社会では警察に逮捕されるとか,非日常的なものに限定されてしまい,法律を日常生活の中でうまく使いこなせていません.そもそも弁護士が130万人もいるアメリカに対して,日本はせいぜい4万人弱です.人口比からいっても極端に違います.もちろん日本には司法書士や行政書士など,ほかにも法律職に当たる人たちがいますが,とにかくわが国では法律問題で困ったときに相談できるような駆け込み寺的な法律の専門家が少なすぎます.

 もう1つ「高齢者法」の議論が必要だと考える理由は,“100歳時代”がもうやって来るということです.2016年刊行の『The 100-Year Life:Living and Working in an Age of Longevity』(翻訳名『LIFE SHIFT ─ 100年時代の人生戦略』(文献3))は,日本でもベスト・セラーになり,内閣府も最近「人生100年時代構想会議」を作って議論をしています.あの本には,2007年に生まれた日本の子どもの半数が107歳まで生きると書かれていますが,すると60歳や65歳で定年退職した後も35~40年も生きることになる.つまり定年後,しばらく再雇用で食いつないでいくうちに孫の世話などしながら人生を終えるという生き方は過去のものになってしまったということです.定年後の長い年月をこれから一体どうやって過ごしていくのか? この問題が他人事ではなく誰にも訪れます.最初にお話したようにこれは私の問題であり,あなたの問題であり,すべての人たちの問題になるのです.

──何らかの手を打たないと….

 確かに大きな問題ですが,日本には既に100歳を超えた人たちが6万7千人以上います.そして80歳を超えていまも現役で働いている弁護士や医師を何人も私は知っています.要するに100歳時代のモデル・ケースは既にあるわけです.そういう方たちの経験を踏まえて,定年後の30年の人生をどうするかを真剣に考える時間がもてればいいと思いませんか?

 そこで私は,日本人の教育好きな国民性を活かして,小・中学校の義務教育と同じように60歳あるいは65歳になったときに,人生の再設計を考えるための学校を作ってはどうかと考えました.80歳,90歳を過ぎても社会で活躍できるように,少なくとも1~2年間,学校に通ってもらうことを義務づけます.もちろん義務教育ですから学費は無料です.教える側も高齢者なので,ボランティアとはいかないまでも低い報酬で講師に来てもらうことは可能だと思います.というか,この新しい教育機関のイメージは,高齢者が講師にも学生にもなれるというものです.教える場としては,少子高齢化で空き校舎が増えているようですし,その再利用もできるでしょう.学生が減って困っている大学にも,新たな方向性がみえてくるかもしれません.とにかく実現可能で,継続できるような仕組みを考えることが先決です.

 高齢者の再教育といった仕組みを作っている国は,おそらく世界にまだないと思いますが,こうした制度を作ることも法律家の重要な役割ではないかと思います.

──高齢者の再教育制度は,地域包括ケアシステムに組み入れてもいいのでは?

 そうですね.学びたいという気持ちをなくさない人はいくつになっても元気でいられるでしょう.この教育と高齢社会との関係も「高齢者法」の講義を続けるうちに考えるようになったテーマの1つです.“高齢者の義務教育化”,いいアイデアだと思いませんか.

高齢者法を考える上での大切な3つのポイント
~事前に,力づけ,個別化を考慮する~

――高齢者法のアプローチとはどういうものでしょうか.

 高齢者法が何を目的にするかということになりますが,重要なポイントは3つあると考えています.1つめは“ex ante(事前に)”,2つめは“empowerment(力づける)”,3つめが“personalized aging(個別化)”です.

 第1の“ex ante”とは要するに,事前のプランニングが大切だということです.先ほどの人生の再設計もこれに当たります.誰しも,学校で夏休み前につくらされた計画表がその通りにうまくいかなかった経験はあるかと思いますが,高齢者の場合は後がありません.行き当たりばったりで,その時になれば誰かが何とかしてくれるだろうといううまい話はないと考えてください.例えば財産管理の問題など,専門家の助言を得てなるべく早めに準備をすれば,定年後の人生が充実したものになる可能性があります.これまでの日本の法律はあまりに事後的であり,何らかの問題が起こってからその解決を考えるというものでした.これからの超高齢社会では早期に介入して,問題が起こらないような予防的処置を講じることが求められるはずです.地域包括ケアシステムの中でそんなリーガル・アドバイスをできるような仕組みが作れればいいと思っています.

 第2の“empowerment” は,本来なら敬い,寿がれるべきものだった高齢者や長寿が,軽視あるいは迷惑だと見做されるようになってきている現状に対し,高齢者を力づけられるような方法を考えることです.現在,自動車免許の返納の問題.国土交通省や警察庁は一定の年齢になったら免許は返納してもらい,その代わりにバスの無料券などを配布したりしていますが,このような高齢者の権利や権限をただ取り上げるだけではなく,例えば,仮免許の逆のようなもので,仮に1年間,免許を返上してもらって様子をみて,あまりに不便な場合は免許を戻してくれるような柔軟性のある制度,あるいは高速道路には入れないけれど,限定した地域内であれば運転できるような免許への変更など,もう少しきめ細やかな仕組みを考えることはできないでしょうか.つまり,高齢者に何らかの補助を与えて,外に出てもらい,社会活動にも参加してもらえるような,そんな法律があってもいいのではないかと思うのです.このような新たな法制度を考える際,法制審議会や法律を作る部門などに高齢者を参加させ,その意見を反映させるような工夫も大切です.

 第3の“personalized aging” は,同じ年齢でも元気な人とそうでない人がいるように,高齢者には個人差が大きいことから,個別対応の法律が求められるということです.これは医療の“personalized medicine” の発想と同じです.もともと法律は画一的にルールを適応することが求められてきましたが,超高齢社会には個々の高齢者の人たちに寄り添えるような“personalized law” が必要です.

インフォームド・コンセントと代諾の問題
~医療代理権の法制化の必要性が高まる~

──医療に対し高齢者法が関わる局面について.

 アメリカの医事法(medical law)は,アクセス(access),クオリティ(quality),コスト(cost)の3つの改善をその目的として掲げています.つまり,より良い医療サービスをいかに提供し,いかに国民が享受できるかを目標にmedical law は作られています.一方,日本の医事法で話題になるのは,医療事故が起こったときに,どう訴えるか,あるいはその訴えにどう対処するかが中心になります.確かに,医療を最も利用するのは高齢者であって,医療過誤に遭いやすいのも高齢者なので,医療過誤も高齢者法の問題であるとはいえますが,高齢者医療を取り巻く法的課題はそれだけではありません.

 周知のことですが,現代ではどんな医療を受けるかは,医師が決めることではなく,医師から十分な説明を聞いた上で患者本人が自己決定することが基本となっており,これがインフォームド・コンセント(informed consent:IC)です.このICを取ることが診療現場で必須であると定めた法律は日本にはないのですが,説明義務違反に対する救済を認めた判例が複数あることからも,ICが法理として一定の法的効果を有することは間違いありません.ところが高齢者では,認知症などの理由から,医師の説明を十分に理解できなくなる可能性が高まります.そのようなときに,本人に代わって誰かが説明を聞き,承諾(あるいは拒絶)をすることが求められますが,これを日本では「代諾」と呼んでいます.

 診療現場で高齢患者の同意能力が疑われる場合には,本人と一緒に家族にもICをして両方から同意をとることもあります.ところが完全に患者本人に同意能力がないと判断された場合,「一体誰が代諾権者なのか」という問題がしばしば出てきます.アメリカではこのような場合に備えた「医療代理人」を選任することがmedical law で認められていますが,日本には明確な法律がありません.通常,代諾権者は患者に付き添ってくる家族あるいは友人でもよく,それは現状では医師の判断に委ねられています.ちなみに,日本では成年後見人には医療についての同意権はありません.

 今後ますます独居の高齢者が増え,診療現場で代諾を得ることができずに困る場面も増えてくることが予想されます.医療代理権の法制化は喫緊の課題ではないかと私は考えています.

──どのような制度を想定されていますか.

 例えば,本人がまだ判断力があるときに一定の書式の委任状に「医療代理人」を決めてもらい署名をしてもらっておきます.終末期などでいよいよ患者に判断を求めることができなくなった場合に,この委任状に示された医療代理人の意見を尊重し,治療方針についての同意をもらうことができるようにする制度です.

 ただし,医療代理人を決めるのは,事前に病院での患者・家族を交えたアドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning)の中で行うべきです.医師や看護師が患者と家族との関係や本人の意思を反映しやすくなりますし,患者が亡くなられた後の紛争も起こりにくくなることでしょう.やはり“事前に”相談を積み重ねておくことがとても大切で,医療代理人を早めに決めておけば,その人がアドバンス・ケア・プランニングの最初の段階から参加することもできます.

 もう1つ,ICは臨床試験に参加する際にも必要です.例えば認知症治療薬の開発など,高齢者を対象とした臨床試験はこれから増えざるを得ないでしょう.高齢者の臨床試験参加の同意についても,医療代理権法でカバーできるようにするといいと思います.現在は文部科学省・厚生労働省の「人を対象とする医学研究に関する倫理指針」(文献4,5)があり,代諾者の選定順位も細かく記載されていますが,やはり患者が予め医療代理人を決めておくほうが本人の意思を最もよく反映できます.事前に本人の判断力がまだあるときに医療代理人を決められる仕組みのほうが,患者にとっても医療現場にとっても,そのニーズに合うのではないかと思います.

終末期に必要となるアドバンス・ケア・プランニング
~人生の最終段階の自己決定を法制度はどう支援できるか~

──終末期医療の問題について.

 アメリカの終末期医療現場で長年問題にされてきたのは,患者の意思や希望を尊重すること,つまり自己決定権の尊重でした.1960年代から70年代にかけて人工呼吸器が大幅に進歩し,永続的植物状態(Permanent Vegetative State:PVS)と呼ばれる状況の患者が増えてきました.そこで終末期の医療選択などを記した事前指示書(リビング・ウィル)の法的効力を認め,それに従って延命措置を中止した医師の法的責任を免責しようという動きが1970 年代半ばから始まったのです.しかし,このリビング・ウィルは十分には普及しませんでした.誰もが自分の死について積極的に考えたくはなかったからです.しかもリビング・ウィルをせっかく作ったとしてもいざというときに見つからないケースが多かった.そもそも元気なときに作った意思表示が,終末期となった時点における本当の意思なのかどうかを確かめることは難しいという問題もあったのです.

 こうして自己決定権の尊重は患者側からだけではうまくいかないという反省から,アメリカでは2016年1月からメディケイド(Medicaid)を利用して,医師が患者と終末期医療の在り方を相談した場合,30分につき86ドルを支払うという法制度を実施しています.また同様に各州ではPOLST(Physician Orders for Life-Sustaining Treatment)という試みも広がっています.これは医師主導で患者と家族を交えて話し合いの場を繰り返しもち,病状を踏まえその時点での患者の希望を確認し,医師の指示をその都度カルテに記載するというもので,この試みもアドバンス・ケア・プランニングの1つといっていいでしょう.

 これに対して日本の終末期医療に関わる法について考えると,いまだに延命医療の中止が殺人罪(あるいは嘱託殺人罪)に当たるかどうかの話になっています.国会では,いわゆる尊厳死法案の準備が進められており,その内容には医師の法的免責の条件が記されています.一部の医師はこのような法律がないと延命治療の中止は殺人罪などの法的制裁の対象になると考えているようですが,それは現実的ではありません.日本で終末期医療において医師が関与して患者を死に至らしめ,裁判になった事件は1995年の横浜地裁判決(東海大学安楽死事件)と2009年の最高裁判決(川崎協同病院事件)の2件だけです.また,実際の診療現場では少なからぬ医師が延命治療の差し控えや中止をしているにもかかわらず,刑事事件として立件されていないのです.

 厚生労働省は2007年に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」(2017年に「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」(文献6)と名称のみを変更)を公表しています.私もその作成に関わりましたが,その中で,①適切な情報を得た上での自己決定が基本であること,②延命治療の差し控えや中止等の判断は医師単独ではなく,多職種の医療・ケアチームによること,③チームによる可能なかぎりの緩和ケア,精神的・社会的な援助も含めた総合的な医療・ケアを行うことの3つを勧めています.このような丁寧かつ患者の意思を尊重するプロセスを経た決定に基づく医療やケア,つまりアドバンス・ケア・プランニングが行われるならば,殺人罪や嘱託殺人罪の適用はあり得ません.

 わが国の終末期医療における最重要課題は,それぞれの患者が人生の最終段階をいかに過ごすかについての自己決定をどうやって支援していくかにかかっています.日本の法律家は,事前にアドバンス・ケア・プランニングによる医療・介護スタッフと患者・家族の協議の場をもてるような環境づくりを考えていくべきだと思います.

 実は世界では,終末期医療についてさらに一歩進んだ議論がなされています.“Physician Assisted Suicide(PAS)”あるいは“Physician Assisted Dying(PAD)”と呼ばれる行為を合法化するかどうかという議論です.PAS(≒ PAD)は日本語なら「医師幇助自殺」,つまり積極的な安楽死です.一定の基準を満たした場合,例えば末期がんで余命半年といわれた段階で,これ以上の治療は望まないというような人について,医師による自殺幇助を容認するという法律を作る国が増えてきました.ヨーロッパではオランダから始まり,ベルギー,ルクセンブルク,スイスなど,アメリカは,オレゴン州から始まって,ワシントン州,バーモント州,モンタナ州,カリフォルニア州,コロラド州,コロンビア特別区の合計7つの州,そしてカナダもそうです.PADがまだ認められていない北欧などの国の人がスイスに行って亡くなるというケースも出てきています.このPADを容認するという宣言を世界医師会(World Medical Association:WMA)から出してはどうかということを最近オランダとカナダが共同で提案しましたが,WMA はこれを否決しました.現在は,PADの法律がない南米,アフリカ,アジアの国々でその実情を調査している段階で,日本医師会もそれに協力しているようです.これまで許されないとされてきた医師による積極的安楽死が,世界では新しい問題として議論され,無視できないものになってきたということです.

高齢者の財産管理・相続の問題を考える
~生前信託とestate planning の効果~

──超高齢社会では新たな問題が次々と出てくるのですね.

 100歳時代を迎える日本の超高齢社会では,医療のほかにも,仕事や住まいなど様々な問題が噴出してきます.しかし,最も切実なのは経済的基盤の確保の問題です.もはや年金だけを頼りにできる時代ではなく,かといってタンス預金など論外です.社会・経済がうまく回らなくなりますからね.銀行に貯金することも考えられますが,この低金利時代ではそれほどよい策とはいえません.何か実効性のあるプランニングをする必要があります.

 これは先ほどの高齢者の義務教育の話にもつながりますが,高齢者には一種の投資教育,資金管理教育も必要になってきます.一人ひとりが自分で管理することができないのなら,一定の手数料は取られたとしても,信託銀行などに相談して,安定した財産管理計画を立て,相続についても事前のプランニングをしておくのが望ましいと思います.

 アメリカでは,1960年代頃から遺言などの相続手続きに代るものとして,“living trust(生前信託)” が選ばれるようになってきました.この制度は一定の財産をもつ人が委託者になり,これまで所有してきた自分の財産の一部あるいはそのすべてを信託財産としてその後は所有し,当面は自分のためにだけ使えるようにしておきます.つまりそのときの受託者も本人になります.しかし,自分に何かあった場合に,その財産は他の受益者のために使えるよう,予めプランニングをしておくのです.受益者も自分の生存中は自分であり,しかもいつでも撤回可能とします.

 自らの死後は,予め委託者が自分で定めた後継受託者が信託財産の管理運用に当たることになります.通常その場合の受益者は配偶者となり,配偶者の生存中は収益受益権が与えられ,配偶者の生活が安定するように図ります.そして配偶者が死亡した後は,自らの子どもたちに自らが定めた割合や条件で残る信託財産を配分して信託終了になるのです.さらに受託者が信託財産の管理・運用を続け,子どもたちに収益受益権を与えることもできますが,その場合はすべての子どもたちが死亡した時点で残された信託財産を孫たちに配分して信託終了とします.

 こうしたアメリカの生前信託の仕組みが目指す目的としては,①管理運営能力がない受益者の保護,②配偶者に信託財産の収益受益権しか設定しない場合には,結果的に一定の節税になること,③財産保有者が財産管理の能力が衰えた時点で後継受託者が財産管理運用を引き受けられる仕組みにできること,④アメリカの遺産相続手続きは必ず裁判所を通すため,その手続きを回避できること,⑤遺言に関する紛争の回避,⑥公開である裁判の相続手続きではなく,生前信託ならば故人の遺産をめぐるプライバシーの保護につながること──の6つが挙げられます.

 日本は必ずしも裁判所を通す必要はないため,④と⑥は当てはまりませんが,あとの4つのメリットは十分あると思います.

 その中で③の委託者の能力喪失に備えるという点では,アメリカにも成年後見制度はあります.しかしアメリカでは成年後見とは自らが能力を失ったとの公的宣告であり,最後の最低の手段として位置づけられていることから,それに頼らずに不測の事態に備える仕組みとしての生前信託が推奨されているのです.現在,日本は成年後見人制度を広げようとしていますが,これは世界的に逆行しているということを認識していただければと思います.

 ⑤については,生前信託は相続紛争の回避の手段として大きな力を発揮します.そもそも遺言に関する争いが起こるのは,既に遺言者が死亡していて,遺言者自身が証言することができないからです.生前信託ならば信託設定者(委託者)はまだ生きているわけですから,誰も文句はいえません.アガサ・クリスティーやエラリー・クイーンなどの昔の推理小説によく出てくる“遺言をめぐる殺人”は,生前信託が普及した現代の英米社会では必然性がなくなり,推理作家は他のネタを探さなければならなくなったわけです(笑).

 日本の場合,公証役場で高額な手数料を支払い公正証書遺言を作ったとしても,裁判で遺言能力を問題にして,その遺言が無効かどうかが争われます.例えば,生前は親を顧みなかった相続人が権利主張をし,親の世話をしてきたおとなしく善良な相続人が,相続争いに嫌気がさして,結局図々しい人間の主張だけが通ってしまう.この種の不毛な争いに家庭裁判所は国民の税金を使って相当な時間や労力を割いていることになります.

──日本でも生前信託が広がるといいですね.

 そう思います.ただし日本の法律では子どもの「遺留分」があるため,遺言に文句がある人は必ずそれをもち出します.ちなみにアメリカには子どもの「遺留分」は認められていません.この「遺留分」が日本では遺産相続争いの原因の1つになっていることは確かなので,子どもが未成年の場合を除き,日本でもその権利主張を制限してはどうかと私は考えています.

 とにかくアメリカの仕組みで何より注目すべきは,自らの生前も含め,死後の財産管理によって残された人の生活の安定を図るための「事前のプランニング」が強調されていることです.実際にアメリカのロー・スクールでは“estate planning(遺産に関するプランニング)”の科目があり,弁護士が人に助言を与える基本課題になっています.日本の相続のように遺産を分配して終わりにするのでなく,より長期的なプランニングを実行しているわけで,生前信託はそのための重要な手段になっています.

 ただし100歳時代の到来によって,アメリカ的な生前信託のプランニングにも再検討が迫られてきました.委託者自身が長生きすることで信託財産の元本を取り崩す可能性もあり,配偶者も長生きするわけですから,その信託財産の長期運用の在り方も問われるようになったのです.さらに生前信託を決めた時点では想定しなかったリスクが発生することもあり,その代表が認知症です.委託者自身が認知症になった場合は,先述のように後継委託者を予め決めておけばいいのですが,認知症になり長期療養が必要になれば,その費用も嵩み,また配偶者も認知症になるケースが考えられます.アメリカではこのように委託者や受益者が認知症になるという状況を想定した信託の設定も検討されています.障害者のための“Special Needs Trust(SNT:特別障害者支援信託)” といった仕組みが既に作られており,最低限度のメディケイドではまかなえないようなサービスの購入にSNT による収益受益を充てられるという措置も可能になってきています.

地域包括ケアの中にリーガル・サービスを
~法律家も変わるべきときに~

──一般の高齢者あるいは地域包括ケアの中で働く医療者などが法律の相談を専門家にするとしたら,どこに連絡をすればいいでしょうか.

 弁護士は地域偏在が大きいため,誰もが法的トラブルの解決や必要なリーガル・サービスを受けられるようにしようと,法務省はその所管法人として2006年に日本司法支援センター(通称,法テラス)(文献7,8)を設立しました.この法テラスに電話相談すれば,解決に役立つ法制度や全国の弁護士会や司法書士会などの相談窓口を無料で紹介してくれます.地域包括ケアを動かしていく中で,何らかの事件に巻き込まれ紛争になるような場合があるかもしれません.そういうときは地域で活躍している弁護士に相談していただき,その解決を一緒に図っていただければと思います.

 高齢になれば,年金の受給,医療給付制度,介護保険制度,財産相続の問題など,様々な手続きが必要になりますが,それらはすべて自己申告しなければいけないものです.せっかく高齢者のための制度を作ったとしても,利用してもらわなければ意味がありません.「あなたにはこのようなサービスが受けられますよ」と必要な情報を教えてくれる仕組み,あるいはネットワークを地域包括ケアシステムの中で作ってもらえればと思っています.

 繰り返しますが,100歳時代はもう来ているのです.定年後30年という長い人生をいかに過ごすか,事前のプランニングがすべての人に求められますし,そのための法制度も整備する必要があります.冒頭で提案した“高齢者の義務教育化”がもし実現するとするならば,医師や看護師,あるいはケアマネジャーの人たちを講師に招いて,この地域にはこんな医療機関があって,在宅医療や介護サービスはこのように受けられるといった貴重な情報を地域の人たちに説明してもらいたいし,老年医学の知識もぜひ教えてもらいたいと思います.このアイデアで私がもう1つ気に入っているのは,高齢者の学校が出会いの場になるということです.家に閉じこもって寂しく老後を過ごすのではなく,「困っている人はこんなにいる,自分だけではない」ということを知るだけでも十分素晴らしいことではないかと思うのです.

 法律の専門家がこうした学校に参加して,今回お話をしたような財産管理や生前信託,終末期医療の在り方などの高齢者法に関わる問題を説明することで,多くの人がリーガル・サービスを受けられるようになれば,高齢者が残りの人生を前向きに捉え,新たな生きがいを見つけられる可能性がきっと出てくるはずです.とにかく,まだ誰も経験したことがない100歳時代を迎える社会を支えるためには,法律家の役割も変わらざるを得ないということだけは確かなことです.

──ありがとうございました.高齢者の学校はこの武蔵野大学でも考えてもらえませんか?

 なるほど,それはいい.相談してみます(笑).

                        (2017年10月2日,武蔵野大学有明キャンパスにて収録)

文   献

1) 内閣府:第1章 第1節 高齢化の状況 1 高齢化の現状と将来像,平成28年度 高齢化の状況及び高齢社会対策の実施状況.平成29 年版高齢社会白書,2017.
2) 内閣府:第1章 第1節 高齢化の状況 5 高齢化の国際的動向 図1-1-13 世界の高齢化率の推移,高齢化の現状と平成28 年度 高齢化の状況及び高齢社会対策の実施状況.平成29年版高齢社会白書,2017.
3) リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット著,池村千秋訳:LIFE SHIFT ─ 100歳時代の人生戦略,東洋経済新報社,東京,2016.
4) 文部科学省,厚生労働省:人を対象とする医学系研究に関する倫理指針 平成26年12月22日(平成29年2月28日一部改正),2014.
5) 文部科学省,厚生労働省:人を対象とする医学系研究に関する倫理指針 ガイダンス 平成27年2月9日(平成29 年5月29日一部改訂),2017.
6) 厚生労働省:人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン 平成19年5月(改訂 平成27年3 月),2015.
7) 日本司法支援センター(法テラス):http://www.houterasu.or.jp/
8) 法テラス・サポートダイヤル:0570-078374

 プロフィールの図(W450)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取材後記の図(W450)