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ISBN 978-4-89801--
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老年科医のひとりごと 第13回

往ったり来たり

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

  糖尿病患者が血糖値をコントロールするのは来るべき将来に合併症を生じないようにするためである.成人が生活習慣改善に努力をするのは老人になってから認知症にならないためだ.人生は「今は将来のために」ある.
 Kさんは83歳で糖尿病である.平均寿命を過ぎた83歳は微妙な年齢らしい.
 「どうですか?」と私が訊くと「どうってことないですよ.タダ生きてるだけ.あの世へ往ったり来たりしてるようなもんですからね」,「低血糖はなかったですか?」,「妻が言うんですよ.低血糖になったら大変.いつもお砂糖持って外出してよって.でもね,私は低血糖でコロッと死ねたら最高だって思っているんですよ」
 しかし,彼は毎日5,000歩以上歩いて食事には注意を払っている.そしていつも血糖値が気掛かりだ.コロッと死なない努力をしている.
 Kさんは大学教授であった.
 生きていくためにやらなければならぬ義務を背負っているのが成人である.
 その義務から解放されたのが老人である.
 若い頃は義務の谷間に泡のように生まれるのが暇であった.暇があれば「将来の役に立つ」勉強をした.時間を無駄にすることは悪であった.無為な時間を過ごすことは精神の不調と同義語であった.往ったり来たり(W300)
 しかし老人になったKさんにとって「日常が暇」である.定年退職後に暇を持て余したが,思いあぐねて得た結論は「役に立つ」などというけち臭いことにこだわらず,高度で豊かな教養を保つのが理想の生き方であると考えるようになった.
 だからうつらうつら無為な時間を過ごしても何ら負い目を感じなくなった.
 Kさんは最近パソコンを始めた.
 「将来のためにやっているの?」,「いや,時間が潰れるし面白いからやっている.でもゲームはやらないよ」,「何で?」,「役に立たないから」とKさんは思わず答えた.
 老人の理想は往ったり来たりであるようだ.

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